アメリカでカウンセラーとして働くこと

アメリカでカウンセラーとして働くこと

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今回は、私が一カウンセラーとして、アメリカでどんな活動をしているのかを、紹介してみたい。まず初めに、日本とアメリカの、社会福祉や司法システムの違い、そして、そのシステムどうしがどのように関わりあっているかの違いが、カウンセラーやソーシャルワーカーの一般的な役割、またその仕事内容の違いに、大きく関わっていることを、記しておきたい。日本では、ソーシャルワーカーが、クライアントのカウンセラー(セラピーの提供者)であり、またケースマネージャー(クライアントの、治療計画においての舵とり役)であることが多いような印象を受けたが、アメリカでは、一般的にそれぞれの役割によって、違う人が受け持つ。例えば、私はカウンセラーとしてトレーニングをうけ、カウンセラーとして働いているので、基本的にケースマネージメントはしない。ただ、いろいろな要素が複雑に関わるケースによっては、ケースマネージャー、カウンセラー、精神科医、医師などが、ひとつのチームとなって、治療計画を慎重に練り上げていく必要性も確かにある。そのような場合は、クライアントからあらかじめリリースフォーム(治療内容を誰と話すことを許可するかという法律的承諾書)に、サインをしてもらい必要に応じて、カウンセリングの治療計画の内容を、他のチームメンバーと話し合ったり、その結果によっては、治療計画の調整を行ったりする。 このような相違、または相似を踏まえたうえで、この「一日本人カウンセラーの個人的経験談」を気軽に読んでいただければ、幸いである。

私は、現在アメリカ、オレゴン州ポートランド市にある、YWCAグレイター・ポートランドで、アルコール、ドラッグカウンセラーとして働く機会に恵まれている。YWCAは、よくYMCAと間違えられるが、この二つの団体は、個々に違った目的を持って活動しているNPOである。ここで少し、YWCAについて紹介しておこう。YWCAは、一八五五年に女性の基本的、社会的、経済的、市民的、人権の向上と、その活動においてリーダーシップをとっていける女性を育て、その活動をサポートしていくことを目的に設立された。現在、世界122カ国、二五〇〇万人以上の女性に、個々の所属するコミュニィティーでの、基本的人権、健康、安全、自由、司法権利、そして平和の向上のために どのようなリーダーシップをとっていくべきなのか、またいけるかを、教育的、技能的サポート、リソース提供を行い、それらのプロセスの発達に貢献している。 YWCAグレイター・ポートランドでは、7つのプログラムがあり、私はアルコール、ドラッグカウンセラーとして、そのうちの4つのプログラムと関わっている。7つのプログラムというのは次のようなものである。
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    • 1. キャンプ ウエストウインド
      夏のキャンププログラム。家族で参加可能なものと、子供だけのプログラムがある。
      2. カウンセリングセンター
      一対一のカウンセリングをはじめ、カップルカウンセリングや、グループカウンセリングを、クライアントの所得により料金がきまる「スライディングスケール」を採用して行っている。主に、低所得者や、社会で立場の弱い、ゲイ、レズビアン、トランスジェンダーが、安心して訪れることのできる場として、活躍している。
      3. フィットネスセンター
      一般的に言うジムであるが、年齢、体格、体力、運動能力、身体障害の有無に関わらず、全ての人々に安心して利用してもらえることを目的にしている。
      4. ホームレスサービス
      セーフヘブンという、家族向けのホームレスシェルターをはじめ、ハウジング・エンリッチメント・サービスを通じて、ホームレスのリスクにある家族、高齢者、身体傷害者、低所得者に、生活の安定、自給自足、社会的貢献を促進するための教育、情報提供サービスを行っている。また、ラーン・リンクス(Learn Links)は、ホームレスファミリーの子供たちを中心に、低所得家庭の子供たちに、アフタースクールケアを提供している。教育を初め、社会的人間関係のサポートを、宿題の手助けや、アクティビティーを通じて、子供たちが学校生活になじみ、そして続けて学校生活を楽しんでいけるためのサポート活動を続けている。
      5. トランジショナル オパチュニティ プロジェクト(TOP)
      レジデンシャル(入所)プログラムのひとつで、州や郡の刑務所で服役を終え、社会に再び足を踏み入れようとしている女性のハーフウェイハウスである。カウンセリングを初め、仕事探しから、社会に復帰するためのいろいろなツール、情報教育を行っている。また、多くの女性はアルコールや、薬の依存症を経験しており、プログラム終了後、管理されない環境の中で、どのようにドラッグフリーの生活を維持していくかを、身に着けていく手助けをするのは、プログラムの大きな目的である。
      6. トランジショナル・ハウジング
      ホームレスシェルター(セーフ・ヘブン)、ドメスティックバイオレンス・シェルター(ヨランダハウス)、ハーフウェイハウス(TOP)などから、新しい生活をはじめるために、女性、または母子が、他の同じような状況にある人々と共同生活をしながら、お互いにサポートしあい、最終的にコミュニテェーに自分たちの住居を見つけることを目的に設立された、集団生活プログラムである。
      7. ヨランダハウス
      セーフハウスとして、住宅地にひっそりとたちすくむヨランダハウスは、家庭内暴力、性的暴力から、安全と安心を求める、女性と子供たちのために、設立された。監視訪問や、ケースマネージメント、いろいろな教育的ワークショップ、物資的サポートも提供している。
       以上が、簡単なYWCAグレーターポートランドのプログラムの紹介である。私はこの7つのプログラムのうちの、セーフ・ヘブン、TOP、 ヨランダハウスで、ウェルネス ワークショップ(Wellness Workshop)を提供し、カウンセリングセンターで、アディクションカウンセリングを行っている。 Wellness Workshop というのは、PTSD、アディクション、ドメスティックバイオレンスを経験した女性、家族に、セルフケアーを中心に、自尊心、自我、自信の回復の促進と、そのサポート、またリカバリーステップのサポートを提供することを目的にしている。工作を中心に手をつかって、自分の気持ちを表現したり、自分のために何かをつくり、自分自身にご褒美をあげること、時には、バレーボールなど、体を動かし普段のストレスを解消し、自分にあったセルフケアーの方法を学んだりする。 私のポジションであるアルコール・ドラッグカウンセラーは、YWCAグレイター・ポートランドのカウンセリングセンター・ディレクター、エイドリアン・ウォールマーク氏が、グラントを得て始められたプロジェクトで、多くのYWCAのプログラムに貢献することを前提に設けられた。現実には、週15時間の勤務時間(予算的にフルタイムのポジションにはならなかった。NPOの悲しいサガである。)の中で、7つ全てののプログラムに手を差し伸べるのはたやすいことではなく、毎日が四苦八苦である。現時点では、カウンセリングセンターでのカウンセリングと、3つのシェルターでのウェルネス・ワークショップだけで、てんてこ舞いなのが現実だ。やっと全てが軌道に乗ってきて、これからワークショップの内容の一部を、マッサージセラピストや、アロマセラピスト、メディテーションの指導者など、セルフケアーの専門家にまかせたりしようと計画している。また子供たちにどのように、自分たちのホームレスの家族状況、自分のアディクションについて語っていくかなどの、ペアレンティングスキルを中心としたワークショップも提供していきたいと思っている。 振り返れば、大学院の必須インターンシップ中には、週に20時間のカウンセリング、大学からの奨学金プログラムより課された週20時間のバイト、そしてフルタイムの授業とで、なかなか本当の意味でのクライアントとの関わり方、 カウンセリングそのものが、いったい何なのかもよくわからずに、ただがむしゃらに突っ走ってきたような気がする。必須の教科をとり終わり、卒論に取り組む今は、昔に比べれば天と地の差である。こんなに、自分のニーズについて考えたり, それに対応したりする時間があるのは、人生のうちで初めてだとはっきり言い切れるほどだ。確かに、クライアントにセルフケアーをプリーチする一カウンセラーとして、今までどれだけ、自分のニーズを無視してきたかは、自慢にはならないが、考えると恐ろしくなる。週に20時間クライアントに、カウンセリングを提供しながら、夜ベットにはいってから、「あ、今日食べるの忘れた。」と思い起こすこともたびたびであった。あのころのように忙しい生活, というより、 セルフケアを怠る生活は、もう二度と経験したくないものである。 それに比べて週33時間のパートタイムプラス、自分の論文に試行錯誤する今は、私自身、まったく別人のような気がするほどリラックスしていると思う。自分の時間をつくるのとつくらないのとでは、こんなに違うものかと度肝をぬかれているほどである。私自身の状態が変わったことは、もちろん私の仕事への気持ちにも影響を及ぼした。「ぜったいに、カウンセラーとしてはフルタイムでないと働けない」と感じていた私が、今やっていることを続けられるならば、ぜひ私のキャリアとして築いていきたい、と情熱的に思えるようになったのである。一番驚いて、戸惑ったのは、私自身であるが、これからの進路変更への不安は、自分の探していたものを見つけられたことに比べれば、たやすいことなのかもしれない。 情熱を持って仕事をできるということのありがたさ、幸せは、もちろんのことであるが、クライアントひとりひとりとの関係を、今まで以上に大切にすること、 どんなに精神的にチャレンジングなセッションであっても、終わってみればクライアントにとっても自分にとっても、意義のあるカウンセリングであったと思えるようになったことは、自分の「仕事とは、キャリアとはなにか」ということへの考え方、思いに大きな変化をもたらした。また、穴にはまって抜けられないでいるクライアントにも、本当の意味で彼らの目線で状況を把握するというテクニックが使えるようになったような気がする。クラスで習うことと、実際にそれを実行できることには大きな違いがあるのだと思い知らされた経験であった。また、私がカウンセラーで、あたながクライアントという立場が、私たちの上下関係を意味するものではなく、私たちは、ただの同じ人間であって、平等の立場にいるのもだということを、オープンに話すことによって、特に犯罪経験のあるクライアントや、低所得者のクライアントとの信頼関係の向上が図れた。 今、自分の仕事に出会えたことを心からありがたいと思えるのは、自分が他の人にサービスを提供できる状態にあるからだと私は確信している。自分が仕事に百%打ち込める、そのための一番の要因は、カウンセラー、ソーシャルワーカー自身のセルフケアーではないであろうか。自分がちゃんとサポートできないものに、どうして他の人がサポートできようか?自分が幸せでないものにどうやって他の人が幸せになる方法、その人が幸せと思える生き方の模索をサポートできようか? 私の周りのカウンセラー、ソーシャルワーカーには、私を含め、周りの人をサポートする事に関してはおおいにプロフェッショナルであるが、自分のことになると、てんで素人もど素人という人が多い。他の人をサポートするのと、自分をサポートするのはまったく違う能力であると思っていたが、これは、ひょととしたら大きな間違いかもしれないと最近思い始めた。やはり、二つの能力は深く関係しているのではなかろうか? 私はかれこれ12年在米していいるが、アメリカで私が一番学んだことは、自分を大切にすることである。カウンセラーとしても、人間としてもまだまだ未熟な自分であることは、よく認識しているつもりであるが、頭で理解することと、それを心で理解して実行することには、大きな違いがあるように、自分のニーズをサポートできるカウンセラーとそうでないカウンセラーにも、クライアントに提供するサービスの質に違いができるのでは、なかろうか? もちろんサービスの質について語りだすと、それに影響する要素は、あふれるほどある。しかしながら、ソーシャルサービスに関わる全てのプロフェッショナルに、「自分は大丈夫!」と太鼓判をはれる人にも、もう一度ふと立ち止まって、自分のセルフケアーと、サービスクオリティーの関係ついて考えていただければ幸いである。 プロフィール 岡 真弓 (おか まゆみ) カウンセラー。 1976年、岡山県生まれ。ポートランド州立大学心理学部卒。2000年より Christie School(精神、行動欠陥の子供たちのためのレジデンシャルトリートメントセンター)勤務。2002年より、ポートランド州立大学院 教育学部 カウンセリング科所属。2003年より、YWCA カウンセリングセンター勤務。連絡先 mayumioka@gmail.com

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