ニューヨークのドラッグ・コート・システムについて

中見出し

fp14

はじめまして、関根加奈子と申します。 私はニューヨークの大学/大学院にて法科心理学というものを学んでまいりました。 米国滞在中には、ドメスティック・バイオレンスのサポートNPOで活動したり、「ドラッグ・コート」と呼ばれるシステムでのリサーチなどをやってまいりました。 2006年の夏に帰国し、9月頃、さまざまなご紹介を経てフリーダムと繋がることが出来ました。 現在は週に1~2回ではありますが、フリーダムの活動のお手伝いをさせていただいています。 今回は、米国滞在中に携わったニューヨークの「ドラッグ・コート」のシステムについて、簡単ではありますが紹介させて頂きたいと思います。 ドラッグ・コートとは別名「トリートメント・コート」や「ディバージョン・プログラム(Diversion program)」と呼ばれ、薬物関連事犯(所持/売買)で逮捕された薬物中毒者に対して、ただ刑罰を受けさせるだけではなく、薬物依存に対する様々な治療を受けさせる事によって、再犯を防止していくというプログラムです。 このプログラムでは、通常ならば1~2年の懲役刑を受ける所を、1~2年の集中的治療、プラス5年の執行猶予という7年計画で薬物依存を治療していく手法が取られています。 このドラッグ・コートを利用出来るのは、薬物所持/売買で逮捕された人(累犯を含む)や薬物を手に入れる為に窃盗などの軽犯罪を犯した人達です。 強盗などの重犯罪犯した人や、今までに傷害等で逮捕された事のある人はその資格を剥奪されます。 有資格者は、司法手続きの過程で弁護士からドラッグ・コート・システムの説明を受け、有資格者本人がこのプログラムを受けるかどうかを決める事になります。 ドラッグ・コートの運営は裁判官・弁護士・検察・ケースマネージャー・保護観察官(プロべーション・オフィサー)によって行われています。 ニューヨーク市にはクリミナル・コートが6つあり、そのうちブロンクス/クイーンズ/ブルックリン/スタッテン・アイランドの4つのエリアではTASC(Treatment Alternative for Street Crime)と呼ばれる機関に所属するケースマネージャーが、クライアントとドラッグ・コート間の調整を行っています。

例えば、クイーンズには2種類のドラッグ・コート・プログラムがあり、片方はQueens Treatment Courtと呼ばれ、主に初犯の薬物関連事犯を取り扱っています。 このプログラムには比較的軽度の薬物中毒者が送られてき、また、プログラム終了後には逮捕歴からその事犯が消去されるという特色があります。
  • 続きを見る
    • もう片方はQueens Misdemeanor Courtと呼ばれ、薬物中毒よりも精神疾患が問題の為に軽犯罪を繰り返すといったクライアントが紹介されてきます。 ブロンクスやブルックリンのドラッグ・コートでは、基本的に累犯のクライアントを取り扱っており、その内部で精神疾患を持つクライアントとそうでないクライアントが分けられ、それぞれ個別のセクションで対応されています。 ですので、通常は逮捕されたエリアの裁判所に送られますが、薬物使用歴、精神疾患の有無によっては別の裁判所に送られる事もあります。 ドラッグ・コート・プログラムを受ける事に決めたクライアントは、TASCオフィスにてその後の治療プログラムについて話し合います。 治療は全て民間の治療機関に委託されており、今までの薬物使用歴や使用薬物の種類によって週に何度治療を受けなければいけないかが決定します。 比較的薬物使用歴の浅いクライアントの場合ですと、通所での週1~3回のグループミーティングと週1回の個人カウンセリングが義務づけられますが、長年薬物を常用していたクライアントになると、施設に入所して監視の厳しい環境下での治療が義務づけられます。 依存症以外にも鬱や人格障害などの精神疾患を併発している場合が殆どですが、希に、統合失調症など重度の疾患がみられる際には精神病院へ入院という事もあります。 クライアントはドラッグ・コートで決められたプログラムをこなしながら、その後も月に1~4回TASCでのヒヤリングや裁判所での近況報告をします。 あらかじめ決められた時間帯に現れない場合は脱走したと見なされ、直ぐさま逮捕状が出されます。 無断欠席は処罰の対象となるので、翌日、翌々日と連絡が取れないような状況になると、3日~1週間投獄されたりという事もあります。 TASCでのヒヤリングでは尿検査が義務づけられていますが、ここでたとえ陽性結果が出たとしても、スリップやリラプスは薬物治療過程で必ずと言っても良いほど起こるプロセスと考えられているので、それが則ち処罰に繋がるという事はありません。 ですが、それが2度3度と度重なるような場合は処罰の対象となるので、この場合も3日~1週間投獄されます。 この他にも施設からの脱走、施設での暴力事件などが処罰の対象となります。 期間中に受ける治療には、グループミーティングや個人カウンセリング、職業訓練のクラスの他に、家族カウンセリングやアンガー・マネージメント(怒りのコントロールを学ぶセッション)、また、最近では試験的ではありますが、一部でHIV/AIDS教育が実施されています。 何故、今、ドラッグ・コートでHIV/AIDS対策が取り上げられているかというと、クライアントのVulnerability(HIV/AIDSに対する脆弱性)が上げられるからです。 実際に刑務所内でHIV/AIDSに感染している人の割合というのは通常よりも多く、一般よりも3倍ほど多いと言われています。 2003年に行われた調査では、2003年に行われた調査では、分かっているだけでも6000人以上の人がHIV/AIDSに罹っており、そのうち約2割がNY州の刑務所内にいると報告されています。 こういった点から、HIV/AIDSの拡大を防ぐ為にも教育は必須といわれていますが、実際、現場でどれだけの事が成されているかというと、まだまだ事態改善には程遠い段階といえるでしょう。  TASCでも最初のヒアリングの際にケースマネージャーがHIV/AIDSに対して基本的な説明を行いますが、定期的なプログラムとしてHIV/AIDS教育を受けているクライアントは殆ど居ないのが現状です(この辺りのプログラムは義務づけられている訳ではないので、クライアントが拒否すれば受けなくても良い為)。 この1~2年のプログラムでは、上に挙げたような依存症や鬱などの精神疾患の治療は勿論の事、プログラムを「卒業」する為に、大検の取得やフルタイムでの就職が義務づけられています。 プログラムを開始して最初の3~6ヶ月は治療に専念することになりますが、その後は一般教養のクラスや職業訓練のクラスを取るよう提案がなされます。 これらのクラスは施設にて受ける事も可能ですが、外部のコミュニティーセンターや職業訓練学校、高校の夜間クラスなどに通う事も許されています。 一般的に職業訓練学校というとコンピューターや会計といった技術を学ぶ所といったイメージがありますが、本人が将来なりたい職業によっては、料理学校や音楽学校(スタジオでのミキシング技術の習得など)へ通う事も可能です。 このように司法機関が仲介機関を通す事によって民間機関と協力し、薬物依存者の治療、再犯防止に努めるのがドラッグ・コートというプログラムです。 ここで持たれているのが、薬物関連事犯を投獄という形で処罰するのはシステマティックで簡単ですが、それでは根本的な解決に結びつかないという共通の認識です。 日本ではまだまだ厳罰重視の所がありますが、こういった、長い目で見た対策方法というのが取られる日もそう遠い話ではない事を願います。

ご注意ください

この話は本人の了承を得て匿名または実名で掲載しておりますが、記事の内容に関するご質問などは回答をいたしかねます。 このコンテンツの著作権はFreedom・大阪ダルクに帰属し、一切の転用・転載を禁止いたします。


こちら記事もどうぞ