薬物依存症回復支援 — 薬物依存症は回復できる病です

マイクロ・トラウマ


私のアルコール・薬物依存症のクライアント(グループを含む)の中には、LowSelf-esteem(自尊心の無さ)になやんでいる人が多くいます。

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彼等は、必要以上に自分を責める傾向があり、アルコールや薬物への依存により、その「自分を責める傾向」から逃れ様とするのですが、酔いからさめた時、アルコールや薬物をとった事に対する罪の意識あるいは、恥の意識から、ますます自分を責めてしまうという悪循環に陥っています。この「自分を責める傾向」は、それまでの人生で蓄積されたトラウマによって引き起こされます。トラウマは、暴力、性的虐待、言葉の暴力、あるいは、天災や肉親等の死によっても、もたらされます。暴力、性的虐待等によるトラウマは、それが発覚した場合、原因を特定しやすいのですが、言葉による暴力の場合、とてもわかりにくい場合があります。その中でも、今日は、日本でも多くあると思われる、まわりが気づきにくいトラウマ「マイクロ・トラウマ」についてお話しします。


今までに多くの薬物依存症の人に出会いましたが、その中で、「どうしてこの人が?」といった依存症の人が何人かいます。その中の一人(仮にテリーとします)は、超一流大学・大学院出身で、自分で事業を経営し(父親の事業を引き継いでいます)、奥さんと子供達に囲まれて生活していました。外から見ると、まったく幸せな人生だったのですが、彼は、大学時代から始めたコカインから離れる事ができず、何度も何度もリカバリーに失敗し、結局奥さんと離婚する事になりました。

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    • 彼にとっては、全てが完全でなければならず、生活の中の「ほころび(例えば、事業のちょっとした不振、家庭内の不和等)」は、「あってはならない事」で、そういう「ほころび」を発見すると、どうしようもない不安感に襲われてしまうのです。そして、その不安感から逃れるための手段が「コカイン」だったのです。
      テリーは、「僕は、両親にとって、常にネバー・イナフ(充分ではない)だった。」と言います。どんなに彼が良い成績をとっても、彼の両親は、無条件にほめる代わりに、「よくやった。しかし、もっとがんばれば、もっと良い成績がとれる。」と、彼を励ましたのだそうです。前述した様に、彼は、一流大学に進学するのですが、その時も、彼は、両親が「息子が、ハーバードに行けなかった」事に対して不満を持っていると感じていました。

      この様に、彼には無条件に両親から愛された記憶がほとんど無く、そのため、自分の価値を認める事ができなくなってしまったのです。どんなにがんばっても、自分は常に「不充分」であり、ゴールは常に先の方にあるのです。そして、自分のアチーブメントよりも、「不足している点」に注目し、自分を責め続け、けっして自分にOKを出す事がなかったのです。彼が無条件に自分にOKを出すのは、コカインをやっている間だけなのです。

      彼の場合、家庭内暴力、性的虐待の様な、外からわかる様な明確なトラウマはありません。また、「お前は、ダメなやつだ。」的な、明白な言葉の暴力もありません。むしろ、他人からは、彼の家庭は、知的でお金もあり、愛情のある「理想的」な家庭の中で育っていると映っていたのです。しかし、彼の受けた愛情は、常に条件付の愛であり、その条件が満たされなければ、彼は愛を受ける事ができなかったのです。そのため、彼は自分を認める事ができなくなり、それは、トラウマとなって蓄積していったのです。この種のトラウマは、外からは(多くの場合トラウマを受けた側からも)わかりにくいのですが、継続的に長い期間影響を与えられ続けるため、非常に大きなこころの傷を残す事が多いのです。この様な、小さいけれども長期間にわたって継続的に与えられるトラウマは、マイクロ・トラウマと呼ばれ、最近注目されています。「マイクロ・トラウマ」は、以下に揚げる様な、外からは解り難い、微妙な介入によってひきおこされます。

      (1) 二重拘束 (Double Bind)

      相反するメッセージを同時に送る事。例えば、先のテリーの例で、親が、「よくやった。しかし、もっとがんばれば、もっと良い成績がとれる。」というのが、一種の二重拘束メッセージです。子供の方から見れば、「よくやった。」というメッセージと、後半の「まだまだ不満である。」という相反するメッセージを同時に受ける事になります。彼は、親が自分のアチーブメントに対し満足しているのかしていないのか特定できず、混乱します。このため、彼は、自分自身をほめてやる事ができなくなっていったのです。
      また、言葉によるメッセージと態度が逆の場合も、二重拘束メッセージです。例えば、テリーの例で、一流大学に合格した時、親が「よくやった。」とだけ言ったとしても、心の中では反対に、「なんで、ハーバードに落ちたんだ!」と思っていたとしたら、テリーは、親の表情、態度等からそのネガティブなメッセージを受けとり、それがトラウマの原因になったとも考えられます。

      (2)ミスティフィケーション:神秘化(Mystification)

      これは、イギリスの精神分析医R.D.レインが提唱した概念で、「慈悲心、愛情を装いながら、他人から精神的に搾取する事」を示します。例えば、テレビで「志村けんのバカ殿」を見ている子供に対し、母親が「あら、どうしたの?〇〇ちゃんは、こんな番組よりニュース番組の方が好きでしょう?」と言ってチャンネルを変えてしまう様な介入のしかたです。チャンネルを変えられてしまった〇〇ちゃんは、本当は、「バカ殿」が見たいので不満なのですが、母親に「ニュース番組の方が好きでしょう?」と言われたので、「あっそうか、僕は、ニュース番組の方が好きだったんだ。」と思い直すかも知れません。そして、彼の本当の欲求(「バカ殿が見たい!」)は、押し込められ、あたかも、「ニュース番組」が大好きな「おりこうな〇〇ちゃん」を演じる様になってしまいます。

      ミスティフィケーションは、子供が、他人(上記の例では母親)のメッセージを、あたかも自分の意志であるかの様に感じてしまうという点で、二重拘束よりさらに巧妙です。

      こうした微妙な介入を連続的に受けた場合、自己の概念をしっかり確立する事はむずかしくなり、こころへの介入が長期間続いた場合、精神病になる事もあります。彼等は、外から与えられたイメージ(例えば、親にとっての理想の息子像等)を自己のイメージと錯覚しますが、多くの場合、無意識のレベルでは、本当の自己とのギャップがある事に気がついています。このギャップは、彼等にとって「あってはならない事」であり、それがさまざまな形で、彼等を悩ませます。前述したテリーの場合、親の理想である完璧な息子に自分を同一視しているので、生活の中のちょっとした「ほころび」でも、それは、「あってはならない事」で、耐えがたい事に映り、その結果自分を責め続ける事になり、自尊心を無くしてしまったのです。

      セラピーは、失われた自己をとりもどす場です。本来人間には、本当の自己を取り戻したいという欲求があり、それに気づき、その欲求が上手く機能する様になれば、やがて自己を確立する事ができます。その第一歩は、自分の中のギャップを認める事、すなわち、「あってはならない事」にしっかりと直面する事です。これは、自分の中に暗部(と思い込んでいる部分)を認めるという点で、クライアントにとって、非常につらい、あるいは、恐ろしい経験です。

      しかし、こまった事に、アルコールや薬物に依存している人達は、簡単に「あってはならない事」から目をそらす方法すなわち、「お酒を飲む」、「薬物をとる」等を知っているため、本当の自己の探求に伴う「つらさ」「恐ろしさ」に直面するのをやめてしまうのです。

      別な言い方をすれば、アルコールや薬物は、依存者にとって、傷ついたこころが、それ以上傷つかない様にするための、必死な防衛でもあるのです(結局は、傷ついてしまうのですが・・)。そして、その防衛のための道具(アルコール・薬物)は、簡単に手に入ります。これが、アルコールや薬物依存者の治療の最もやっかいな点のひとつです。

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