薬物依存症回復支援 — 薬物依存症は回復できる病です

フィーリング


薬物やアルコールに依存している人達の中には、自分の気持ちとコンタクトするのが苦手で、また、その気持ちとコンタクトしたとしても、それを上手に表現する事ができない人達がいます。

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彼等は、彼等の人生の中で、自分の気持ちにコンタクトする事をなんらかの形で禁じられてきたのかもしれませんし、また、自分の気持ちを表現した時、逆に、傷つく結果になってしまった経験を持っているかもしれません。やがて彼等は、自分の心の回りに、強固な防衛機制の壁を作ります。ある人は、自分の本来の願望を犠牲にして、家族や社会からの要求に自分を合わせ様とするかもしれません。また、ある人は、自分を「役に立たない人間」とみなし、社会とのコンタクトを避け様とします。これらの防衛は、自分の心が少しでも傷つかない様にするために、彼等が必死に作ってきたものなのです。防衛機制により、人の心は、少なくとも一時的には、致命的な傷を避ける事ができます。「お父さんが、僕を殴ったのは、僕が悪い事をしたからなんだ。」と思う方が、「お父さんは、僕の事を嫌いなんだ。」と思って絶望するより、まだましなのです。しかし、この場合にも、「ひょっとして、お父さんは、僕の事を嫌いなんじゃないのだろうか?」といった疑問は、心の奥底に残ります。そして、その心の奥底に残った疑問は、いつか解決しなければなりません。


防衛機制は、この様に、一時的に心のダメージを少しだけ軽くしますが、しばしば、「やがて解決すべき問題」とそれの伴う感情自体も覆い隠してしまいます。そうなると、その人の心に映る世界は、無味乾燥なものになっていきます。彼等は、よく、「僕の住んでいる世界は、平坦だ。」とか、「回りはみんな機械に見える。」といった世界観を持ちます。世界が全く平坦になってしまった時、人は、「精神的な死」に至ります。人間は、そんな平坦な世界では、生きていけないのです。薬物やアルコールに依存する人達は、そういった「平坦な世界」から抜け出そうとしてもがいているとも言えます。少なくとも薬物やアルコールに浸っている間は、彼等は、自分の感情にコンタクトできると感じているのです。例えば、普段おとなしい人が、お酒を飲んで怒ったり、泣き出したりしたり、クールなビジネスマンがコカインをやって「至福の体験」をしたりします。アルコールや薬物をとっている間だけ、彼等の世界は、喜びや悲しみや怒りといった感情の起伏を持つのです。

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    • セラピーは、そうした感情に、薬物に依存しないで、歪める事なしにコンタクトする事を練習する場でもあります。今まで「誰にも受け入れられない。」と思って心の奥底にしまっておいた感情に気づき、そしてその感情が、セラピーの場でセラピストや他のメンバーに受け入れられる事を知った時、その人は、自分の心に正直になる勇気を得ます。

      私が、5月までインターンをしていた「ヘンリー・オリョーフ・アウトペイシェント・プログラムズ」の中のエジュケーション・グループでは、最初の3週間、自分の感情とのコンタクトを主眼としたアプローチを行います。まず、最初に、「“I”ステイトメント」の重要さが強調されます。「“I”ステイトメント」とは、“I(私)”を主語とした発言の事です。私達は、普段の生活において、「“I”ステイトメント」以外に、「“You”ステイトメント」や「“We”ステイトメント」を使います。「“You”ステイトメント」は、「お前がなまけているから、こんな事になっったんじゃないか。」という様に、「ジャッジメント」(良い意味でも、悪い意味でも)として使われたり、「(君は、)テレビゲームをやめて、もう少しまじめな本を読んだ方が良いよ。」等といった、「アドバイス」に使われます。また、「“We”ステイトメント」は、「わが社の方針は、・・」とか、「オレ達は、どうせ不良さ。」等と、ある種のグループ意識あるいは、連帯感を前提にしています。ちなみに、日本では、非常に多くの場面で、「“We”ステイトメント」が使われています。

      「“You”ステイトメント」や「“We”ステイトメント」も必要です。しかし、時には、「“You”ステイトメント」は、非を全部他人に押し付けるために使われ、「“We”ステイトメント」は、自分の発言に対する責任を逃れるために使われます。一方、「“I”ステイトメント」を使う時、人は、自分の発言に全責任を負わなければなりません。

      さらに、「ヘンリー・オリョーフ」の最初の3週間では、クライアントは、「“I”ステイトメント」に加え、「フィーリング・ワード」を使う練習をします。すなわち「アイ・シィンク(私は、考える)・・」ではなく、「アイ・フィール(私は、思う)・・」で発言を始めるのです。これは、やってみるとけっこう難しい事がわかります。「アイ・シィンク・・」で始まる文章を作ると、それは、第三者的あるいは、評論的になります。例えば、「(僕は、)宇多田ヒカルは、歌が上手い(と思う)。」等は、「アイ・シィンク」型の文章です。一方、「アイ・フィール・・」で、文章を始めると、個人的な気持ちを表す事になります。「(僕は、)宇多田ヒカルが好きだ。」は、「アイ・フィール」型です。言って見るとわかると思いますが、「(僕は、)宇多田ヒカルは、歌が上手い(と思う)。」という方が、「(僕は、)宇多田ヒカルが好きだ。」と言うより、はるかに簡単です。それは、「アイ・シィンク」型の文章では、自分の気持ちを巧妙に覆い隠しているからです。別の言い方をすれば、「アイ・フィール」型の文章では、自分をさらけだすリスクをおかしているので、どきどきしたりするのです。どきどきするけれども、その人は、その時、「生き生きした自分」を感じる事ができます。その感情が、喜びであっても、悲しみであっても、怒りであっても、それは、すべて生きている証なのです。

      確かに、「アイ・フィール」型の発言をするという事は、なんの防衛もしていないという事ですから、その気持ちを否定される様な事があると、その人の心は、ダイレクトに傷つく事があります。そういった経験が重なると、人は、それ以上自分の心が傷つかない様に、「アイ・シィンク」型の発言のみを繰り返す事になります。そうなると、だんだん自分の心にコンタクトする事を忘れてくるのです。あたりさわりのない「アイ・シィンク」型の発言をしていれば、深く傷つく事は防げますが、感動もなくなってきます。世の中は、平坦で刺激が無く、そしてつまらなくなります。薬物依存になる多くの人達は、こうした「自分の本当の感情」を、繰り返し否定された経験を持っています。彼等は、失われた感情をとりもどすために、薬物に依存しているのです。

      セラピーの参加者達は、「アイ・フィール」型の発言を練習しているうちに、人によってそのスピードは異なりますが、少しづつ、自分の心にコンタクトする事を思い出してきます。心にコンタクトすると、自分の心の中には、いくつもの感情がある事がわかってきます。例えば、憂鬱な気分の下には、怒りが、怒りの下には悲しみの感情があったりするのを発見します。このプロセスは、自分発見の第一歩になります。そして、その真の自分が、少なくともセラピーのセッションの中では、受け入れられる事を経験するのです。もちろん、実生活に戻ると、再び心が傷つけられてしまうかもしれません。しかし、少なくとも、真の自分を受け入れてくれた人がいる事を知る事は、とても大きいのです。他人に「受け入れられた」経験により、人は、少しずつ自分自身を受け入れる勇気を持ちます。これが、薬物依存から脱出する、大きな一歩になります。自分自身を充分に受け入れる事ができれば、薬物で強制的に「心の防衛」を麻痺させなくても、「真の自分」に接し、「自分を表現できる」様になります。長い道のりになるもしれませんが、いつか必ず、「真の自分」を発見する事ができるのです。

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