薬物依存症回復支援 — 薬物依存症は回復できる病です

ドラッグコートとは


ドラッグコートとは

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98年を皮切りに今春まで、三回にわたって米国サンフランシスコのドラッグコートを訪問する機会を得ました。ドラッグコートとは、ドラッグ・トリートメント・コートとも呼ばれ、薬物関連事犯で逮捕された薬物依存症者に、処罰ではなくトリートメントを提供することを目的としています。ドラッグコートは1989年にマイアミで設置されたのが最初ですが、今では全米に1000箇所近いドラッグコートが開設され、米国ではその効果に疑問をさしはさむ余地はないようです。私たち、薬物依存症からの回復を支援する市民団体「フリーダム」は、ドラッグコートが薬物依存者に「処罰しか与えていない」わが国のあり方を再考するよい材料になるのではないかと考え、注目しています。

ドラッグコートの概要

ドラッグコートは薬物関連事犯で逮捕された人々を対象に運営されています。私が訪問したサンフランシスコ市では、約70万人の市民が暮らしていますが、毎年千人から二千人が薬物関連事犯で逮捕されるそうです。このうちの約二割の人たちがドラッグコートを利用します。ドラッグコートを利用する資格があるのは、非合法薬物の自己使用・所持で逮捕された人や薬物(アルコールを含む)を手に入れるために窃盗や詐欺などの軽犯罪を犯した人たちです。暴力犯やドラッグの売人は排除されます。(自己使用・所持のケースに限定し、関連犯罪を対象外とする州もあります。)有資格者が逮捕の原因となった事実を認め、薬物依存からの回復のためにドラッグコートの利用を希望すると通常の司法手続きからはずれ、ドラッグコートでトリートメントを受けることになります。
ドラッグコートは裁判官・検察・弁護人・保護観察官・警察とトリートメントサービスのコーディネーターやケースマネージャーで運営されています。これらのスタッフは「被告が薬物依存から回復する」ことを共通の目標に合議の上で、それぞれの被告に適当と思われるトリートメントの方針を確定します。ドラッグコートは、コートの中に独自のトリートメント施設を持つのではなく、コミュニティにあるさまざまなサービスを利用する方針を被告に提案します。おおまかに分けると次の三つのレベルになります。

  1. 外来トリートメント・・・週に数回、施設に通って断薬のプログラムを受けます。
  2. 通所・・・毎日通って断薬のプログラムを受けます。
  3. 入寮・・・施設に入所してプログラムを受けます。精神的な合併症の有無などで利用する施設が異なります。
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    • コートが入寮の判断をするのは、通所では断薬が安定せず何度もクスリを使ってしまう場合や逮捕時にホームレスであった場合です。
      被告はコートから提案されたプログラムをこなしながら、定期的にコートに出頭し近況報告をしたり、ドラッグテスト(尿検査)を受けたりします。テストで薬物反応が出ても、薬物の再使用は症状の再燃にすぎないと考えられていますから、プログラムのレベルを見直す材料にはなっても、処罰の対象とはなりません。被告がドラッグコートから排除されるのは、コートの提案を無視し続けたり、暴力を振るったり、コートに武器を持ち込んだりした場合に限られ、通常の司法手続きに戻り処罰を受けることになります。
      半年から一年のプログラムを経て断薬が3ヵ月以上続くと、被告はドラッグコートを「卒業」します。卒業すると、ドラッグコート参加によって保留されていた告訴は完全に取り下げられます。サンフランシスコ市での卒業率は25%程度、卒業生の断薬の維持率はおおむね70%程度とされています。

      ドラッグコートの特質とは

      ドラッグコートがユニークなのは、このコートが薬物依存症者にドラッグ・トリートメントへの「アクセス」を「強制」するシステムである、ことです。依存症は「否認の病」と言われるように、自らが依存症に苦しんでいることを認め、自発的にトリートメントにつながることが困難な病です。ドラッグコートは司法的な強制力を行使して、トリートメントへのアクセスを保障する点に特徴があります。NIDA(米国ドラックアディクション国立研究所)は、「トリートメントはたとえ自発的でなくても、効果的である。強い動機はトリートメントの過程を促進することができる。家族や職場、司法制度の励ましや制裁は、トリートメントに参加し、継続することや、インタベンションの成功を著しく増加させる」と述べています。
      依存症の人たちがトリートメントに結びついていく社会的なシステムがもっと工夫されなければなりませんし、ドラッグコートはその典型例の一つであるといえます。日本では、アルコール依存の専門の医療機関が整備されていますが、二百数十万人と推計されるアルコール乱用者のうちで専門医療機関を利用している人は年間二万人、全体の1%に過ぎません。多くのアルコール依存症者たちは、職を失い家族をなくし、実際には専門治療を受けることもないまま、失意のうちに世を去っていくのです。そのことを思うと飲酒運転に対して高額の罰金を科すよりも、アルコール依存症の治療を義務付けることが必要なのかもしれません。無数の川が一つに合流するように、さまざまなきっかけがトリートメントという大河に注ぎ込むような社会的な「仕掛け」の工夫が大切なのだと思います。
      この「仕掛け」は私たちのようにトリートメントに関わるものの言葉では「インタベンション・システム」と表現されますが、司法領域では、ダイバージョンプログラムとして位置づけることができるでしょう。

      「心神喪失者医療観察法」とドラッグコート

      ドラッグコートを話題にするとき、法律家や精神科医・ソーシャルワーカーなどの一部の心ある方々から「観察法との関係でどう考えたらいいのか」という質問をしばしばいただきました。司法と治療(トリートメント)の相互関与という点が似通っているからでしょう。
      司法と医療の関係を考える上での原則は「医療のものは医療に、司法のものは司法に」ということだと思います。そもそも薬物依存症を「疾病」として考えるならば、薬物の自己使用や自己使用目的での所持は、本来、刑事罰の対象とはなりえない、「司法に委ねるべきものではない」と言えます。これまでは、薬物使用の蔓延を防ぐという社会防衛のために刑事罰が科せられてきたにすぎないのです。薬物依存の問題は、いずれは医療や福祉の課題として、司法から切り離していくべきだと思いますし、事実、欧州ではいわゆる「合法化」の流れが起こっています。しかしそうは言っても、いきなり覚せい剤などの薬物使用・所持を合法化するには、社会的な抵抗が大きいと思われます。そこで外形的には司法による処遇の形をとりながら、実際にはトリートメントを提供するドラッグコートが過渡的に採用されることになるのではないでしょうか。医療・福祉の課題を、社会防衛を優先して司法に取り込もうとする「観察法」と「ドラッグコート」は、正反対の指向性・可能性を持って、踊り場ですれ違ったにすぎないと思います。

      米国でも以前は「ウォー・オン・ドラッグ」が叫ばれ、徹底した取締りと処罰が行われていました。しかし、その結果、刑務所人口は膨れ上がり、また刑務所を出ても、薬物を再使用して刑務所に舞い戻る「回転ドア」現象が起こりました。「90年代の早くに、刑事司法システムは薬物使用とその関連犯罪のサイクルを旧来の方法では打ち破れないことに気づいていた」(ペギー・フルトン・ホラ判事)のです。またトリートメント重視に転換していく背景には、77年の「地域精神保健センター法」がドラッグ治療を地域での必須サービスに義務付けるなどトリートメントの受け皿が整備されつつあったことも見逃せません。いずれにせよ依存症という病に「処罰」で対処することは効率の悪い、愚かしいことだという認識が広がっていったのです。日本では、いまだに「処罰」を中心にした対応が行われ、少年院や刑務所の中で薬物「教育」が試みられている段階ですが、ドラスティックな転換はそう遠くないのも知れません。

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