サンフランシスコツアー報告’99

「ドラッグはアメリカ社会での最大の問題の一つです」。

fp18

先ごろ、来日されたパブロ・スチュワートさんが何度も繰り返された言葉だ。アメリカでは、アルコール・タバコ以外の薬物の乱用者は、全人口の6%を超え、年間に6000人以上の死亡者が出ている、と言う。医療や福祉、刑務所など薬物に関連してかかる費用は年間11兆円。誰もが看過し得ない現実がある。 薬物の問題と格闘しているアメリカの中でも、私たちツアーの一行が訪れたサンフランシスコは先進的な地域であるようだ。出会った多くの人から「サンフランシスコは全米一だ」という言葉を聞いた。その真偽は私たちには確かめ様もないが、意欲的な取り組みを行い、自信を持って積極的に情報を公開している姿を見ることができた。

ツアーの4日目に私たちは公衆保健局を訪れた。薬物関連の資料・出版物を購入するために立ち寄ったのだ。事前に何の連絡もせずに訪問したのだが、サブスタンス・アビューズ(アルコールを含む薬物乱用)部門の責任者であるチャールズ・モリモトさんが応対して下さった。モリモトさんは日系人だが日本語はまったくできない。「日本から研修に来た」と言うととても喜んで、「次に来るときは、僕がコーディネートしてあげるよ」とおっしゃっていた。サンフランシスコの取り組みに、自信を持っていることが伺えた。
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    • モリモトさんの薦めで、その後「タウンホール・ミーティング」に出席することにした。いただいたビラには「サンフランシスコのアルコール・薬物問題に関心がありますか」という見出しがあり、市民の参加を呼びかけるものだった。私は多くの施設などが合同で開く、「体験談」を語り合う集会かと思いながら会場に向かった。会が始まると、まず壇上にずらっと並んでいる方々の紹介があった。英語の不得手な私は一人一人の経歴は十分に理解できなかったが、どうやらアルコールや薬物についての公的施策の改善勧告を行う委員会の面々らしい。続いて市長が挨拶に立った。その後、フロアーの参加者からの発言が続く。若い男性は「俺はメサドンがあればいい。リハビリプログラムなんかに金をかけるよりメサドン・クリニックを増やしてくれ」と発言。別の男性は「私はネィティブアメリカンのリハビリプログラムに関わり、高い回復率を実現している。にもかかわらず助成金が少ない。」と助成金の増額を訴えた。このような要望が次々と出され、委員会の人たちが耳を傾ける。ようやく私にも、この集会の性格が分かった。「体験談」を語り合う会ではなく、公的施策に様々な意見を反映させるための「公聴会」なのだった。 市民・有識者による委員会が組織され、委員会が依存者や市民の意見を聴く場所を設け、そこに市長が出席している。この集会を見て、私は「サンフランシスコは本気なんだな」と痛感した。 今回のツアーでは、昨年のツアーとは異なる訪問先がいくつかある。中でも印象深いところはエピファニー・センターである。この施設はもともと新生児・乳児を預かる入寮サービスから始まった。父母が保育できない、保育する保護者がいない乳児は、チャイルド・プロテクト・サービスによって里親に預けられたり、施設に入所したりする。このセンターは、里親不足のため1988年につくられた施設だった。実際にサービスを始めてみると、入所する乳児の母親は、多くが薬物依存のために子どもを養育することができないことが分かった。預かった乳児を家庭に戻すためには、母親のリカバリィ・プログラムが不可欠だ。そこでエピファニー・センターでは1992年に乳児のいる女性だけを対象にしたデイ・トリートメント・プログラムを併設した。 デイトリートメントプログラムを利用できるのは乳児のいる母親だけで、プログラムの期間は18ヶ月から2年。レベル1から5までのステップがありレベルが上がるにつれて通所回数が減っていく。プログラムには再発予防だけでなくペアレンティング(子育て)やライフスキルのクラスもあり、単に薬物の使用を止めるだけでなく、生活全般の回復を重視している。 デイトリートメントを始めて約6年間の間に500人以上のクライアントを受け入れている。しかしプログラムを卒業したのは15人だけだという。それは単にクスリを止めることを目標にせず、子どもと一緒に暮らせ、自立した生活ができるという全般的な回復をゴールに設定しているからである。「回復率が低いと助成金や寄付金がもらいにくいのでは」と私たちの方が心配になる。事実、サンフランシスコ市当局は30%から45%の回復率をリカバリィ施設に求めていると言う。しかし何をゴールにするのか、エピファニー・センターの哲学を変えるつもりはないとソーシャルワーカーのパメラ・スミスさんは力説する。乳児とその母親のためだけのサービスというサンフランシスコでも他に例がない先駆的な取り組みを行い、「3%」の卒業率を誇るスタッフの姿に新鮮な感動を覚える。 この施設の特色は他にもある。スタッフはすべて女性で、女性同士の分かち合いを重視している。また家庭的で細やかな配慮が行き届いている。プログラムにはすべて朝食と昼食がセットされている。そればかりか新たに通所の申し込みに来た人にも面接とランチがサービスされる。通所のための交通費はバス券が渡される。施設内の電話は、他のサービスや行政機関との連絡、就職活動などに使うのであれば無料で利用できる。また施設内にはショップがあり、衣類や家庭用品、オモチャなどが並んでいるが、これらはプログラムに出席することでもらえるチケットで購入することができ、通所者の励みになっている。 昨年と今年の2度にわたったサンフランシスコツアーで、私たちは多くのことを学んだ。ドラッグコートによる「処罰から治療へ」という大きな転換の始まり、多様な施設・プログラムの存在が支える「回復」の多様性、施設内での高校教育の実施や奨学金による大学進学という依存者の「生き直し」(社会的復権)の保障など、である。また、市民団体やNPOの役割や可能性についても考えさせられた。 特に、「社会的復権」の課題は今後の取り組みでキーワードの一つになるだろう。十代や二十代で薬物依存になった人たちが、薬物を使わない生活を始めようとした時に、どのような希望をもつことができるのだろうか。サンフランシスコでは、薬物依存からの回復者が大学教育を受け、ケースワーカーやカウンセラーの資格を取り活躍している姿を見ることができた。高等教育や職業訓練が保障されれば、「薬物を使わない生活」の生きがいや喜びが増すのではないだろうか。同時に、前科を記録から削除するドラッグコートも「社会的復権」という「生き直し」を保障するシステムである。司法システムも含めた大きな転換をもたらすムーブメントを構想したい。 サンフランシスコツアーは、今回、赤字を出してしまったこともあり、今のところ次の予定は立たない。しかし、2度のツアーで生まれたサンフランシスコの人々とのつながりは、今後の大阪ダルク支援センターの大きな財産となるにちがいない。なお、参加希望者が一定人数集まればツアーのコーディネートは可能なので、希望される方はお問合せ下さい。

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