薬物依存症回復支援 — 薬物依存症は回復できる病です

信頼と尊敬に基づくタフ・ラブ


中見出し

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私は大阪のNPO「Freedom」で、2004年より薬物問題を持った家族(以後家族とする)を対象とするグループ援助プログラムを月に2回開いています。それ以外に、北九州、熊本のダルク家族会に年に2回寄せていただいています。3年余りの家族支援の中で学び、実感していることをお伝えします。
『タフラブ』という冊子がアメリカのミネソタ州のへーデルゼンというアルコール・薬物専門施設から出版されています。この冊子は私のとって家族援助の教科書でそこから学んだ理念を「信頼と尊敬に基づく“タフ・ラブ”」というテーマでまとめさせていただきます。
この“タフ・ラブ”の“タフ”とは、“厳しい”とか、“たくましい”という意味ですが、アメリカの俗語では、“素晴らしい”という意味があるそうです。この“タフ・ラブ”は薬物問題の有無に関わらず、また、親子関係に関わらず、自由で平等な人間関係の子本となるもので、その関係のあり方は“すばらしい”に値するものだと思います。
家族は薬物依存の当事者(以後当事者とする)をコントロールして薬物をやめさせ回復させようとすることには無力です。では、家族が出来ることは何もないのか、手をこまねいて薬物を使用しながら“どん底”に落ちていくのをみていくしかないのかといえば、決してそうではないのです。家族が出来ることがあります。出来るだけでなく、夫婦や親子と言う特別に深い関係にあるからこそ、すべきことがあるのです。それを私は関係性の責任と考えています。1970年代より、家族は1つのシステムで家族メンバーは相互に影響しあっており、家族の1人が変化するとその影響は全体に及ぶことが明らかにされました。困難や問題を抱えて機能しなくなっていた家族も、その中の1人がよい方向に変化することで家族全体の健康度が回復されていくという家族システム論が注目されています。
家族が薬物依存を病気と理解し、当事者を病気で苦しむ病人と理解し、当事者のなかにある病気によっても損なわれていない人間性、健康な感性、力、能力を尊重し、薬物依存の回復と自身の生活に責任を負う人として信頼して、暖かい家族関係を取戻すことが家族に出来る最大のことだと提言します。
冷静な愛情と平静な関係の中で、薬物依存の当事者は自身の薬物問題に直面し、責任を自覚し、問題に取り組む勇気を持つことになると考えられますし、また、私たちの実践はそうなることを実感させてくれています。

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    • 1 薬物問題を持つ家族がおかれている状態
      この社会の中で、思いがけず薬物問題をもった家族はどのような状態に陥っているのでしょうか。
      (1)知識が不足するなかでの誤解
      日本の社会では、まだ、薬物依存は病気としてとらえられていません。好奇心や遊びの結果、または違法な薬物の使用や所持による非行、犯罪ととらえられています。特別な、とんでもない、不心得な人間が起こす問題と理解されていて、地域の問題、社会の問題とは理解されていないのです。その証拠に、一旦薬物問題が表面化すると司法の手にゆだねられ、取り締まりと処罰の対象として対応され、病気として治療の枠組みの中で、立ち直りと回復を支援しようという発想は皆無に等しいのです。社会の理解と同様に家族も誤解して、不心得、非行、犯罪ととらえ悩み苦しみます。
      (2) 日常的ストレス
      薬物問題をもった家族は、先ほどからのご家族の体験談にもありましたように、電話が鳴ると胸がキューっと締め付けられるような痛みを感じる。救急車のサイレンが鳴ると、「あの子ではないか?」と思い、駅から電話がかかると、「えーっ!ホームから落ちたのではないか?飛び込んだのではないか?」と、昼も夜も心の休まる時が無いのです。
      このようにストレスにさらされている家族に対して、心無い人は、「育て方が悪かったのではないの?」とか、「愛情が足りなかったのではないか?」と言って、家族をさらに傷つけます。家族にとって、毎日が針の筵の上にいるようなものです。
      (3)社会からの期待と家族の責任感
      このように苦しくて辛い状態に陥っている家族に対して、周囲の人や社会は、さらに追い討ちをかけます。「薬物を使って問題を起こすなんてとんでもない。しかし、家族がいるから何とかするはずだ」「家族が、何とかするべきだ」と。家族が薬物問題の後始末をし、代わって解決するべきだと責任を追及します。家族は薬物問題を解決したいと願いながらも、その方法さえわからず、戸惑っているというのに、社会は当事者に代わって解決することを家族に要求します。社会からそういう圧力がかかると家族は「人様に迷惑はかけられない」「社会に迷惑はかけられない」という気持ちで、薬物に関連しておきた問題の後始末をし、代わって解決をします。しかし、薬物使用が続いている限りは、繰り返し問題が起きるのです。家族はその対処に追い回されます。
      (4)恥じ、怖れ、罪による社会的孤立
      薬物を使用し、所持することに対して、その上で暴力をはじめとする薬物問題を起こすことに対して、非行や犯罪で司法の手にわたることに対して、家族は恥じ、怖れ、罪を感じます。そして、この事実を親戚、友人、近隣に知られないように隠します。隠しごとを持つと人との交流を避けるようになり、孤立していきます。
      社会から孤立すればするほど外部から知恵や情報が入りません。解決の方策が見つからないなかで家族は苦悩を深めます。

      (5)家族の自責感
      家族にとって、子どもの一人が薬物問題を持つことになるとは、まったく予想もしていなかったことです。しかし、それが動かせない事実とわかると、家族は、特に親は「なぜそうなったのか、何が悪かったのか」「育て方に間違いがあったのか」「親の愛情が足りなかったのか」と自分を責めずにおれません。さらに、親戚や関係者から親の責任のように言われ批判されると、抗弁する気力も失い、それを取り入れ落ちこみます。そして「私が頼りないから」「母親としてだめだから」と自分を責めます。その上に、配偶者や他の家族からまで「甘やかしていた」などと非難されるとすっかり自信を失い、死を考えるときさえあります。

      (6)家族資源、社会資源の不足
      核家族化が進展する中で、薬物問題を持った家族は人的にも、経済的にも余裕の無いなかで対応をせまられます。薬物依存の当事者と家族の間を仲介してくれる祖父母もなく、薬物問題から生じた依存の当事者やその家族に正しい知識や情報が届けてはくれません。また、どこがこの相談を受け付け、どのような方法で問題解決を援助してくれるのかの情報もありません。
      その上に、多くの地域では「アルコール依存症の治療はしていますが、薬物は・・・ね」といって医療機関でさえ薬物依存の治療に消極的なのです。家族は、頼りにできる専門家や社会資源がなく苦しみます。
      何よりも、日本の社会全体が薬物問題を社会問題として捉え、地域住民の理解のもとで回復を支援する対象と認識していないことが問題で、社会に害をなす人として薬物依存の当事者を排除し、司法の手に渡して問題解決とする現状を作り出しているのです。

      2 薬物問題をもった家族の感情や行動
      (1)巻き込まれ、振り回され、薬物使用に一喜一憂する
      家族の心は、薬物依存の当事者のことで占められています。仕事もあり、他の子どももおり、親戚や近所との付き合いもあるのですが、関心が向かないのです。「きょうは、薬物を使わずに帰宅した」といっては喜び、「きょうは、帰りが遅い、薬物を使用しているかもしれない」と思って落ち込むなど、薬物使用に一喜一憂してすごすのです。そして薬物問題が起きると冷静さを失い、もろに巻き込まれ、振り回され、対応に追われるのです。

      (2) 不安、怖れ、怒り、恨み、強い被害者意識や自己憐憫
      家族は薬物依存の当事者の薬物使用が常に不安で、そして逮捕や、拘留という最悪の事態を怖れています。また、薬物を使用しては家族に恥をかかせ、苦しめたと怒りや恨みを強め、「薬物を使用して家庭の幸せを壊し、人生をむちゃくちゃにされた」と薬物使用の当事者に被害感を抱き、「私ほど惨めで、不幸なものはいない」と自己憐憫に陥ります。

      (3) 疲労困憊
      家族は、薬物問題による日常的ストレスの結果、薬物問題が頭から離れず、寝つきが悪くなり、眠ってもすぐに目が覚め睡眠も十分にとれず、心身ともに疲れ果てていきます。疲労困憊やストレスから高血圧、胃腸障害、自律神経失調、うつ病などの心身の病気で健康を損なう場合もあるのです。

      (4) 自責感と自己の正当化
      「親の育て方が悪かった」「親の責任だ」という思いで、多くの家族は自責の念に苦しみます。また、その自責の念が裏返されて、過度な自己の正当化になる場合もあります。「3人の子どものうち薬物依存になったのはあの子1人だけだ。もし育て方が悪くて薬物依存になるのなら、3人とも薬物依存になっていたはずだ」と、家族に責任がないことを強調し、「薬物を使う本人が悪い」「薬物使用を誘った友達が悪い」と主張する家族もいます。

      (5) 過干渉になり、世話をやく
      家族は薬物依存の当事者に不安と不信を抱き、することなすことが気になり、心配で干渉し、世話をやかずにおれない状態です。薬物依存の当事者が、年齢的に十分大人であっても、まるで12歳か13歳の子どもに関わるかのごとくに指図し、説教し、叱るのです。家族は過干渉になり、世話をやくことでうるさがられ、嫌がられ、邪魔にされ、不機嫌に八つ当たりされるとわかっていながら、不安と心配のために同じことをせずにおれないのです。
      (6)当事者に代わって後始末し、解決する
      薬物を使用して当事者が問題を起こすと、家族は世間体をはばかり、他人や社会に迷惑はかけられないという思いから問題の後始末をし、代わって解決します。例えば、当事者に代わって割れたガラスを片付け、欠勤の連絡を会社に入れ、サラ金を返済するのです。家族は即解決しないと大変なことになるという思い込みと、代わって解決することが家族の愛情の証のように思って後始末し、代わって解決するのです。薬物使用で問題を起こされると一番困るのは家族かもしれません。当事者は薬物使用で問題を起こしても、黙って待っていると、家族が代わって解決してくれます。問題を起こす人と問題を解決する人の役割分担が出来ているのです。他人の分まで過剰に責任を取る人と、自分の行動に責任をとらない無責任な人のカップルが出来ているのです。

      (6) 自分を見失う
      家族は薬物依存の当事者に関心を集中させ、こころが囚われている結果、自分自身に無関心になり、自分の考え、感情、都合などを無視した生活をし、自分自身を見失うのです。おしゃれをすることも、おいしいものを食べることも、生活を楽しむことも、自分の考えや感情を理解することも忘れ、自分を見失ってしまうのです。

      (7) 薬物を使用する人への信頼と尊敬を失う
      家族は薬物依存の当事者が薬物を使用する事実に囚われ、その人のなかにある人間としてのエネルギーや能力、健康な部分、その人らしい優しさや豊かさに気づかないのです。薬物依存症は病気です。しかし、病気になったからといってその人の全体が病気になっているわけではありません。健康な部分、人間性豊かな部分があります。
      もし仮に、それらの人間としての強さや長所が見つからなかったとしても、人間存在そのものが尊重され信頼されるものなのです。薬物依存の当事者と家族の関係ではそれが失われ、一人の大人として信頼され、尊重されることがなく、家族の不安と心配から半人前扱いされ、指図され、コントロールされかねないのです。そのような状況の中で、薬物依存の当事者が、薬物を断ってやり直してみようと決心するとは考えられません。
      私は,この3年間に、大阪の「Freedom」の家族支援プログラムで約300名のご家族にお会いしました。ご家族はあふれるほどの愛情を持っておられました。しかし、愛情が愛情として伝わらない関係に陥っており、家族関係は最悪でその中で薬物依存の当事者も家族も共に深い孤独を味わい、疲労困憊していました。
      薬物問題と言う困難な問題に取り組むには、薬物依存の当事者と家族が加害者、被害者で敵対するのではなく、共同戦線を張って取り組む必要があると実感しています。
      次にそのことについてお話します。

      3 薬物問題維持システム
      薬物使用をやめさせようと必死で取り組む家族の感情や行動が逆効果になり、薬物問題を維持する家族システムができあがり、悪循環となっていたことに話を進めます。
      1970年代、イギリスやアメリカでは薬物依存に関する家族研究が広く行われました。そのなかから明らかになったのは、当事者とその家族との間には、薬物使用を継続させる家族システムが形成されているということです。これを薬物問題維持システムと呼びます。
      薬物問題の解決を願う家族の感情や行動が薬物依存の当事者の薬物使用を助ける悪循環を作り出すという大きな矛盾はなぜ生じるのでしょうか。これまでのご家族の当事者への対応を思い出してください。当てはまることがあるのではないでしょうか。
      家族は薬物を使用しないように当事者を干渉し、世話をやき、監視します。薬物を使用して問題を起こすと代わって解決し、その上で問題を起こしたことを責めて非難し、説教します。薬物を使用しないように干渉され、監視され、使用しているのが見つかると、薬物を取り上げられ、捨てられ、叱られ、非難された当事者は、反発心と反抗心を募らせ、薬物使用に心が囚われます。そして、薬物を使用しては、「家族がうるさい」「家族が子ども扱いする」と、薬物使用を正当化し、責任を家族に転嫁するのです。また、薬物を使用で問題を起こしても、最後は家族が後始末をし、解決をしてくれるので当事者は困りません。しかし、問題を解決した家族は、その後で問題を起こした人に怒りを向け、非難し、攻撃します。家族に非難され、攻撃された、薬物依存の当事者は怒りや恨みを募らせます。「家族がわかってくれない」「家庭に居場所がない」と自己を正当化し、またまた、薬物使用に走るのです。これが薬物問題維持システムの中での悪循環です。では、この悪循環を断つために何が必要なのかをお話させていただきます。

      4 信頼と尊敬に基づく“タフラブ”による、薬物問題維持システムの解消
      薬物依存の当事者は家族がこのような対応をしている限りは、薬物問題の現実を見ることなく、心の囚われのままに薬物を使用し、薬物問題を繰り返し起こすのです。
      この悪循環の中で実は当事者も自己嫌悪や自責感を深め苦しんでいます。苦しみながらも薬物を使用し病気を進行させ、回復から遠のいているのです。
      この状況の中でこの薬物問題維持システムから最初に抜け出すことを期待されているのは家族です。家族は薬物問題の状況から大きな影響を受けていますが、少なくとも病人ではありません。家族が当事者への対応を変えることで、この悪循環を壊していくことが可能なのあり、それが家族に期待されています。そしてそれを実現するために薬物問題を持つ家族への援助が必要とされているのです。
      まず、家族は保健所や精神保健福祉センターなどの相談機関や医療機関、ダルクや「Freedom」の回復者カウンセラーに相談して援助を受けましょう。次に学習して“薬物依存”を“病気”として理解し、家族と当事者との間に薬物問題維持システムが出来あがっている事実を理解し、これを解消していくために、家族自身が行動を変える必要があることを受け入れましょう。
      家族が学習して当事者への対応を変化させることで、薬物問題維持システムに変化がおき、そこで初めて当事者は平静を取り戻し、薬物問題の事実に直面し、その問題解決のために行動をおこす可能性が生じるのです。

      では家族は、この薬物問題維持家族システムを解消するために何からはじめたらよいのでしょうか。
      (1)干渉しない、世話をやかない
      家族は、まずは干渉して世話を焼くことを止めてみましょう。それは家族の不安と心配からくるものです。家族が薬物依存の当事者に干渉し世話をやくことは、子ども扱いしていることであり、両者の関係にマイナスに作用します。年齢にふさわしい信頼と尊敬に基づく関係に変えていきましょう。
      (2)叱らない、責めない、非難しない
      薬物依存の当事者はとても傷つきやすい状態にあります。薬物依存の当事者も、叱られ、責められることはつらいことです。ほめられ、励まされることはうれしいことです。薬物依存の当事者もプライドを持っています。病気になったからといって人間性が失われたわけではありません。
      また、薬物の再使用があったとしてもそれは病気の再発であり、非難や攻撃をされる事柄ではありません。誰よりも当事者が病気の再発に打撃を受けていると理解して対応しましょう。
      (3)後始末しない、代わって解決しない
      家族にとって最も難しいことは、薬物問題の後始末をしない、代わって解決しないことです。薬物のためにサラ金で借金を重ね、支払いが滞り、サラ金業者が家族に督促にきても、家族が代わって返済しないということです。「私は代わって支払いません」と意思表示し、それを貫くことです。
      また、当事者には「相談には乗りますが借金の肩代わりはしません、自分のしたことに責任をとりましょう」と告げて見守ることです。
      そのためには家族は「人間は誰でも、自分の言葉や行動に責任をとるのが当然というルールで社会が成り立っている」と考える必要があります。
      家族は、薬物依存の当事者が進んで責任をとろうとしないし、このまま放置していれば「世間体が悪い」「他人や社会に迷惑をかける」などの思いから、時には「親が代わって解決して苦境から救ってやると、家族の愛情に目覚めて薬物をやめる決心をするかもしれない」という下心から、代わって後始末をし、解決し続けてきた結果が現状なのだと思い出しましょう。
      言うのは易しいですが、この家族が後始末しない、代わって解決しないを実行するのは並大抵ではありません。薬物依存の当事者も薬物を使用する欲求が体から出てくるのですから必死です。自分の要求を通すために粘ります。家族はそれに負けずに一貫する必要があります。それは、家族が「子どものした不始末は親が責任を取って当然」と考えていると出来ないことです。
      また、あるお母さんは「あの子が責任をとるのなら取らせます。待っていても取らないから、私が後始末しているのです」と言われました。でも、お母さんが後始末してくれるのを待っているのです。待っていたら後始末してくれる限りは誰も、進んで自分の責任をとろうとはしないものです。
      家族が薬物問題を代わって後始末をし、解決することは、一見問題を起こした人を助けているかのように見えて、実は、薬物問題を長引かすのを助けていることになり、それは一人の人として責任をとりながら生きることを期待していないことを意味しています。
      (4)理解と思いやりのある家族関係を作る
      薬物依存の当事者と家族の関係は怒りと恨みの渦のなかで不信用に彩られています。このような家族関係のなかで薬物依存という困難な病気を持った人を無視し、突き放し、拒否することで、病気からの立ち直りを期待するのは、無理なことです。
      薬物依存が困難な病気であるだけに、今一度、信頼と尊敬に基づく暖かい家族関係を築き、そのなかで薬物依存の当事者が自分の問題に気づき、自分の問題と自分の人生への責任をとるチャンスを手に入れることをサポートしようではありませんか。薬物使用によって起こした問題に直面し、その責任をとることを余儀なくされたとき、人ははじめて自分の行動に真剣に向き合い、どのような形で責任をとるのかについて思い悩むのです。そして。そこから行動を変化させる可能性が生まれるのです。
      そして、薬物依存の当事者が、自分の病気からの回復と自分の人生のために道を選択し、決定するのを尊重しながら進もうではありませんか。これは、薬物依存の当事者を無視することや拒否することよりもたやすいことではありません。家族自身がこれまでの薬物依存の当事者への対応を変えていくことが求められているのです。家族にはとてもしんどいことですが、自己変革の努力が求められているのです。
      しかし、家族が薬物依存の当事者に聞く耳をもち、理解を深め、病人に対する思いやりを示すならば、関係が変わります。会話が増えます。本音が聞けます。当事者が相談してくれ、助けを求めるSOSを出してくれる関係になります。その中で、薬物依存の当事者が自らの行動を変える決心をし、家族はそれをサポートできる関係になるのです。
      あるご家族は「あの子が薬物を断ちさえすれば、私はどんなにでも変わってみせます。あの子が薬物を断つのが先です」といわれました。これは、卵が先か、ニワトリが先かです。信頼と尊敬に基づく対等な関係のために、専門家の援助を受け、学習した人から取り組みをはじめて見ましょう。
      あるご家族は「勉強を始めてみて、お母さんもたくさんの間違いをあなたにしてきたと気がついた。すまなかったね」といわれたそうです。息子さんは「そんなことない。悪いのは僕だ」と答えられたそうです。ここに暖かい交流がはじまっています。
      家族も薬物依存の当事者も、それぞれの人生を自己責任で生きる人として信頼と尊敬に基づくタフ・ラブで支えあって生きていきましょう。この考えは「底つき」ではなく、15年来の主流である「底上げ」なのです。
      3年間、大阪の「Freedom」 で薬物家族支援プログラムを続けさせていただく中で、薬物家族の取り組みは遠回りのようですが、急がば回れで、この「信頼と尊敬に基づくタフ・ラブ」しかないと確信することができました。
      そして、ご家族のお一人お一人の中に、この取り組みをやり通す愛情と力とエネルギーがあることを実感しています。そのために微力ながらお手伝いさせていただきたいと思っています。

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