薬物依存症回復支援 — 薬物依存症は回復できる病です

依存性薬物とその依存症治療~光愛病院の治療のことぜんぶばらしちゃいます~


皆さん,こんにちは。光愛病院の医師の稲垣と申します。

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フリーダムセミナーでお話させていただくことを,とても楽しみで光栄なことと思っております。依頼を受けた時からずっと緊張しっぱなしで,よからぬことを口ばしらないか自分でも心配なんですけれど,今日は午前中に同じエル大阪の大きなホールで夜回り先生水谷先生の講演を聞かせていただいて,依存症という病気がとても広まってきている事実と,そのことに対してあまりに多くのことが知られていないということを痛感しました。今日はできるだけ具体的な話として依存症という病気のことと,それに対してどんな治療をしているのかを話したくて,今日の副題にある「光愛病院の治療のことぜんぶばらしちゃいます」という資料をつくってきました。隠すことはなにもないわけで全部お話できたらと思っています。

光愛病院というのは,大阪府高槻市にある精神科単科の病院です。今も薬物依存症の症状で入院治療を進んでうけている方がいらっしゃいます。どんな治療が行われているかということを順次お話したいと思っています。

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    • 何をもって依存症という病気が起こってくるのか,依存症を引き起こす薬物について整理しておきたいと思います。先ほども多くの薬物の斬新な体験談を伺いました。リタリンなどの処方薬やシンナー,マリファナなどの薬物が出てきました。私も学習会で依存症について皆さんに説明していますが,逆に患者さんから教えてもらう機会もありまして,身の回りの依存性薬物って何があるんだろうということを聞いています。呼び名からして非常に雑多で,スピード,マリファナ,ハッシッシといったりガンジャといったり,スピードもここに書いてあるスピードボール,そこから来た「早いの」とか「遅いの」とか,チョコとかたくさんの名前で呼ばれていて把握ができないなと悩んでいました。そんな折,依存症の治療を積極的になさっている京都市こころの健康増進センターというところがあるんですが,そこの波床先生からちょっとまとめてみたんだけどと資料を貰いました。アルコール,タバコ,シンナー,覚せい剤系,大麻系,アヘン系,コカイン系,幻覚剤系があります。また鎮咳薬はブロンとかですね。睡眠薬,抗不安薬,抗精神病薬などは精神科で処方する薬になります。種類がたくさんあるので頭に入りきらないのですが,私自身は「抑制系」「興奮系」と大別しています。これが脳への作用と書かれている欄なのですが,身の回りの薬物は脳を抑制させるか興奮させるかどちらかで分けられると思っています。ただ,興奮と抑制と言いますが,興奮は暴れ抑制は眠るというわけではなく,色々なことについてシーソーがつくられているのです。難しい言葉でいうとフィードバックという言葉があって,はねかえってくるという働きがあります。興奮系は興奮というシーソーの傾きを起こさせますが,今度は反動がついて逆の方に傾きます。逆もしかりで,抑制系で抑制の方に傾くと,薬が切れた後に反動で興奮に傾きます。相反することが時間をかえて起こって来るので,どちらも興奮し抑制するということを理解してください。
      この表で特筆すべきは,下に書いてある薬物の精製過程です。案外教科書にも記載されていませんので貴重な資料です。コカインはコカの葉から,あへんはけしの実からというのは有名なのでご存知だと思いますが,その精製過程でそれぞれの薬物があるのです。クラックというのは,私は昔はコカインの俗称かと思っていましたが,実はコカインペーストから精製されたものなのです。少しずつ名前が変わり,最終的にスピードボールという,現在広がりつつある薬物になるのです。アヘン系でも途中でスピードボールという形態をとって治療薬としても使われているリン酸コデイン,これはブロンなど咳止めの薬の主成分になるのですが,これはアヘンの原料からつくられているわけです。大麻は大麻のままですが呼び名が若干違います。覚せい剤は麻黄からエフェドリン,これは喘息の薬ですね,医薬品です。そこからアンフェタミン,メタンフェタミンという覚せい剤が精製されます。そこからいくつかの加工をされてMDA,MDMAという薬物になっていきます。こういう精製過程というのは,専門家である自分たちも理解できてない部分です。いたちごっこで名前を変えて出てくるもので追っかけていくのは大変ですが把握していかないといけない部分だと思います。
      耐性と身体依存という項目があります。ここが医学的な説明でも矛盾というか解明しきれていない部分です。身体依存が覚せい剤や大麻系,LSDでは「なし」とありますが,そもそも身体依存なしで依存症がありうるのか,ということについては,これは現場の印象なのですが,依存症が進行していく過程で身体依存は必ず生じてくると思います。身体依存があるということは,やめると離脱症状があるということであり,気づかれない離脱,所謂薬の切れ目と呼ばれる状態もあるように思います。ですから,大麻は身体依存がないから安全なんだという議論や,オランダでは法で認められているという議論がありますが,そうではないと思います。
      依存性薬物の分類はこの表が1番網羅され正確ではないかと思っています。
      次に依存症という病気がどんな病気で,治療するとはどういうことか話を進めていきたいと思います。まず,2番目の資料で出しているのが「光愛病院 薬物依存症治療ガイドライン」です。つい先月末にやっと医局全体で決まったばかりで病院全体では決まっていないので,今日は職員の方も来られていますが,はじめて見てもらうことになります。ガイドラインとは医療者のためだけではなく,本来患者さんのためにあるわけですから,患者さんやご家族に見てもらう,つまり利用してもらうものという思いがあり,先もって公開しようと思いました。言葉とか専門的な部分もあり全部読んでいると時間がなくなりますので,大事な部分だけお話したいと思います。その前に,体験談のなかでも,自分自身の治療経験のなかでも,精神病院に入れられるという恐怖,そこで受けたトラウマで悩む,病院に入って悪くされるというイメージがつきまとってしまうことについては,自分たち医療者の問題だと常々考えています。入院したら元気になるのが当たり前というわけではありませんが,少なくとも病院で得るものがあったと言ってもらえる治療とは何かと考えさせられます。
      そういった負のイメージの原因の1つは,病院の,精神科に限らずですが,中身がよくわからないことです。何をしているか全然わからないという部分が大きいのです。ですから病院の中身を今日はぶちまけて安心して治療を受けてもらえる一助になればと思います。これが全体で承認されるかどうかわかりませんが,つくってみた「治療ガイドライン」を説明させていただきます。まず治療対象は「あらゆる精神作用性薬物に対する依存症を治療対象とする」ということです。あらゆる精神作用性薬物というのは依存性薬物ですね。体験談の方もおっしゃっていましたが,アルコールは当然精神作用性薬物の代表格です。これを違うと思っておられる方も多いですが,事実日本でタバコと並んで使用量の多い依存性薬物です。光愛病院では,それをも含めて薬物依存症と考えています。
      では依存症というものは何でしょうか。「精神病理及び脳器質的に薬物の連用を余儀なくされている病態」であり,依存症候群,つまり1つの症状ではなく,依存を形成して起こって来るありとあらゆる支障の総称と考えます。神経,精神,心のケアは大事ですが,身体面でもダメージの出る全身性の病気だということです。
      光愛病院で特にしたいのは,依存症候群に対して治療をするということです。ここにこそ専門治療の意義があります。それ以外のところは専門治療でなくても対応できるのです。急性及び慢性中毒状態,離脱症状などは特に専門治療を要しないと思っています。光愛病院はやめることを決意し,その過程で起こって来るしんどいことに対して回復治療プログラムで手助けしたいと考えています。
      その中身は次から始まる治療各論で細かく書いています。まず肝心なのは,全身性の疾患で,1つの病院で全ての治療ができるといいのですが今の日本ではそうなっていないので,身体面の重篤な状態はそちらの治療が優先になります。急性中毒期の重篤な状態というのは,薬物の1番恐い部分で,その人を死に至らしめる状態というのは精神科治療では対応しきれません。救急病院で身体の管理それから峠が過ぎた後どうするかということになります。あと,依存症候群に対して薬を使うということが矛盾と感じられたり患者さんの拒否になったりすることもあります。しかし水谷先生も「毒をもって毒を制す」とおっしゃっていたように,確かに薬物というのは毒物ですし,毒物も薬物です。しかしその概念が先走りすぎて全ての薬を受け入れなくなると,必要な治療まで拒むという危険に繋がります。ここは正しく治療を受けることが大切です。向精神薬,抗精神病薬というのは,種類によってはその薬で依存症になることもあります。ただどういう時に依存症なるかというと,「入眠導入剤,抗不安薬の依存性については適正使用においては問題ないが,乱用によって身体耐性が形成されるためその傾向にある患者への使用は慎重を要する」,要は乱用というのは,数や量を多くする使い方で,それをすると身体依存を形成します。そうならない使い方が適正使用であり,そこを知っていただけたらと思います。
      医療に対してこちらが心がけていることは「必要十分かつ最小限の内容」が1番理想なわけで,そこに到達するのが大変で,試行錯誤や時間を要しますが,大事なキーワードと思っています。6ページ目,肝心なのは依存症候群に対して医療がどこまで関われるかということですが,うちでやっているのは依存症回復治療プログラムです。以下の3点を基本として受けてもらっています。
      まず1番根幹になるのが森田療法です。これは日本で生まれた治療法で,もともとは強迫神経症という病気の治療のために編み出された行動認知療法ですが,昔の概念は絶対臥褥といって,ご飯とトイレ以外はずっと横になっているということから始める大変な治療なのですが,うちはそれをするのではなく概念を基本としています。なぜ依存症に有効かというと,今までの自分を肯定し新たな自己表現法を得るというのが森田療法の大事な部分であると私は感じています。そういう受け止め方を,依存症候群になるとできなくなります。できないことが依存症候群をより進行させてしまうわけです。その悪循環を悔いとめるためには今までの自分の在り方を受けいれる。すぐに肯定できなくてもせめて否定をやめるということをはじめていきましょうということです。
      それと内観療法。グループミーティングの場が1番それに働くと思いますが,自らを表現し語ることで整理していく。言いっぱなし聞きっぱなしという形をとっていることが多いと思いますが,聞きっぱなしという形をとることでそれが自分はどうだろうかという自分への問いかけになっていくと思います。こういう内観療法を取り入れています。
      それから心理教育プログラムをとりいれ,疾患に対して正しい知識を取り入れてもらいます。
      以上3つを授業のようにプログラムとして月曜日から金曜日まで毎日やっています。これで何を目指すかというと,プログラムを通じて自助グループに参加できることを目標にしています。やめるやめないを目標にはしていません。もちろんやめるつもりで来ていただかないと治療になりませんが,「今やめなさいと誓いなさい」というやり方ではうまくいかなくなってきています。アルコール依存症の治療の歴史は長く,久里浜式で断酒宣誓,断酒から全てが始まるという考えもあったのですが,これで回復に繋がっていく方もいらっしゃいますが,一方で,できないから依存症という病気だという点と矛盾してきて,治療で「こうしなさい」と言われているのにできないことでより一層自己否定を深め病気が進む人もたくさん出ていると学会などで聞きます。これではいけません。よくなる人だけがよくなるのが治療なのでしょうか。そうではなくて,よくなるとかよくならないとかいうことをもっと深めなくてはいけない,そのためにはやめ続けるかやめ続けられないかということを最初に聞くのは無茶な話ではないかと思うのです。やめるつもりということは必要です。しかしできるかどうかということまで誓約することは必要ではありません。でも自助グループには参加してくださいと絶えずメッセージとして伝えています。しかしこれも「行きなさい」というわけではなくあくまでこちらが勝手に目指していると言われればそうかもしれませんが,それが治療になるのだと思います。
      スタートとしては入院治療が基本です。外来で何とかやっていこうというのは,実際に治療が必要な段階では難しく,入院から始めてもらうように考えています。そのなかで,いわゆる強制退院とか退院を求めるということを取らざるを得ないこともあり,これはどういう風に決められているかというと,治療意欲が認められないという言動や態度を示している患者さんに対しては退院を求めることがあります。それから周囲を巻き込んでしまうかたちの迷惑行為に対しては強制退院なるなどこういう点は細かく決めさせてもらっています。
      時間がたつのは早いですね。伝えたいことは沢山あって,時間と自分の能力の関係で十分伝えられないことが残念です。
      依存症という病気がなぜ自分でも認めにくく周りでも認めにくいのかということについてはいくつかの理由があります。それは偏見であるとか十分な知識が広められていないとか,あとはマスコミも悪いと思いますが,大きな集団の心理操作というほど意図的ではありませんが,やっぱり歪みというのもあると思います。一方で,人間の働きやすい心理として依存症という病気はなぜか病気として認めにくいということがあります。どういうことかというと,光愛病院の治療は今年の5月から専門病棟,専門治療を目指してやっていくことに決まっていますが,そこまでくるのにいろいろなことがありました。特にスタッフと患者さんの関係とか法律の問題もあるのですが,病気になって罰せられる病気は本当に依存症だけです。家族との関係も,病気になって叱られるのも依存症だけです。風邪を引いて軽く注意されることはあるかもしれませんが,依存症は理解されにくい病気です。なぜそうなるかというと,人間の叱りたい心理,もともと備わっている心理とも関係しているように思います。病院で入院された患者さんとスタッフの関係というのも,なぜか叱り叱られる関係になってしまう。病気の治療に叱るとか叱られるということは本当はいらないことだと思います。プロとしてやっていくうえではそういう叱り叱られる関係はやめていきたいと考えています。
      もう1つ考えるのは,依存症という病気は確かに恐くて回復のイメージが持ちにくい病気ですけれど,恐怖感が増幅されすぎて絶望的になってしまうことも多いと思います。病気なったらその人全体100%が病気になることはありえません。人間には非常に多数の細胞が集まってできている生き物ですが,その細胞100%が病気になることはありえません。そうなる前にいのちに関わってしまうからです。逆に100%の細胞が全て健康ということもありえません。依存症という病気はどのぐらいかとは数ではいえませんが,進行するとかなりのパーセンテージの細胞に病気が広がっていってしまいますし,それが行きついてしまうと命に関わります。逆に進行が止まって回復が始まると,病気であるパーセントはさがってきます。どこから病気でどこから病気でないということは明確ではありませんが,やっぱり治療で考えたいのは病気の部分を何とかすることも勿論考えたいことですが,正直特効薬があるとか医者がまかせとけとやれるような世界ではありません。だからといって,今度は,つい医療者は依存症に対して何もできないという結論に走って敬遠している医療機関も多い様ですが,そうともいえない。要は,健康部分を引き出すという点では治療が一緒にできる部分ではないかと思っています。実際光愛病院に入院している患者さんも最初はかなり症状が出ていても,うちではだいたい2,3か月が入院期間なのですが,退院されるころには非常に健康的な部分も見せてくださいます。むしろエネルギーが高い人が多いので,そのエネルギーのもっていきかたが問題であるというか有効利用する方法が大切だと思っています。
      話がそれましたが,次に薬物依存症とはどんな病気かということだけちらっと話をしておきます。「依存症という病気」という資料をつけています。これは学習会で使用しているプリントをそのまま持ってきました。一応このプリントで説明しているつもりですので読んでおいてください。依存症の診断基準が10ページ目のなかほどに乗っています。ここで補足しておきますと,7つの診断基準,これは国際基準で決められているのですが,7つ全てが揃って依存症というわけではなくて,3つ当てはまれば依存症と診断しましょうというのが国際基準です。このなかの3つはすぐに当てはまってしまうものです。7つの状態は連動して起こってきます。なっているつもりはなくてもなっているのが依存症であり,1つでもあてはまれば予備軍なのです。1番多く使われているタバコやお酒に関していえば,3番目の項目である「そのつもりよりもたくさんの量あるいは長時間使用することが多い」ということは簡単に該当するものです。依存性薬物は使い始めたら依存症への第1歩は始まっており,そこからどれだけの時間をかけて進行するかということは実は体質に由来している部分が多いと見ています。
      最後に資料冊子の2「治療契約書」ですが,これは光愛病院に入院してもらう際に患者さんに約束してもらう項目です。このなかには「この先止め続けていくこと」というのは入っていません。ただ外出や外泊に関しては厳しいルールや制限があります。最後にアディクション週間プログラムというのがありますが,これがうちで今やっているプログラムです。AAやNAからメッセージに来てもらったり,入院患者さんたちのミーティングでありますとかスポーツも取り入れています。
      これで治療の中身がわかっていただければいいのですが,できれば気軽に見学を申し出ていただければと思います。

      【司会コメント】私自身は咳止め薬の依存症でした。よく呼吸は止まったが心臓は止まりませんでした。咳止め薬は興奮剤だと思っていたが抑制作用もあるということが今回の講演でわかりました。抑制作用のある薬は呼吸停止を起すということがわかりました。

      【質疑応答】

      Q息子についてフリーダムに相談しています。父である私自身もアルコール依存の可能性があると言われています。そんななかで自分を依存症と思わすことが大事なのかそれとも大事ではないのかということをおたずねしたいです。

      A依存症という診断は厳密に言うと一応ちゃんとラインがあります。そのへんは客観的に判断できる専門家,依存症の治療をやっている医師に見てもらって決めた方がいいと思います。ただ,いざやっぱり診断基準を満たす,依存症の診断がなりたちますよといわれた時に,先ほどいいましたがそう受けとめられないというところが1番最初の回復への壁です。病気と言われて辛いと思うのが当然ですが,依存症という病気や病名は,中毒という言葉とごっちゃになっていて,中毒はあくまで一時の状態,薬物という毒物が身体の中に入るという状態であり,中毒は使っているときだけに起こっている病気であり,抜けてしまっている時は中毒ではありません。依存症という病気を指すのに,中毒ということばは正確ではないし偏見があります。お酒を飲めば依存症でない人も中毒になります。依存症という診断がなりたったときに,依存症という病気になったと受け止めるのはどれだけ大変かという思いがあり,「だから治療しましょう」と医師も簡単に言えないものでもあります。でも,そういうことは,ガンでも同じです。受け止められないのがあたりまえです。依存症という病気を受けいれていくのが回復の第一歩で,冷静にそれに対処していけば回復していく病気です。それをせずに病名だけ聞いてやけになってしまう方もいらっしゃいます。

      Q自分は糖尿病でかなり悪いのです。酒をやめるために依存症だと思い込ませてやめるようにもっていけないかと思っています。

      A 依存症と依存状態との境目もはっきりしないのですが,そういった断酒断薬の取組みは依存症の方だけに有効なわけではなくその予備軍の方にもとても有用です。そこは柔軟に医師の診断がついていなくても例えばこういう場で体験談を聞いたりするのが予備軍の方にも有効だと思います。

      Q 先ほど体験談のなかに,薬が欲しいためにいくつかの病院をわたり歩いてそこで処方される薬を貰うことによって医者から処方された薬の依存症になったという話がありました。それで亡くなった方も私は知っています。そういう渡り歩いている依存者への対応をお聞きしたいです。また処方薬が危険なものであるという認識がどの程度医師の間でなされているのかお聞きしたいです。医師や医療に携わる人がどういう方向で考えているのかもおたずねしたいです。

      A 心して答えねばと思います。処方薬依存症という状況に対して,光愛病院では原則・ルールは作っていません。処方薬だから特別ということはありません。アルコールが別だと考えるように処方薬も別だと考えるのか,全てが同じであると考えるかですが,光愛病院では薬物は全て薬物と考えており,アルコール,処方薬といった区別と関係なく,依存性薬物というのはこの世にあるというのが現実です。あるという現実に蓋をしてもなくなりません。見えなくなるだけです,処方薬は医者が出さないといったら,全員が出さないといえばなくなります。しかし依存症の問題が解決するのでしょうか?当事者の人にとって楽な道に繋がるわけではありません。お酒もタバコも売っている,そういう社会で処方薬だけ出さないことが治療になるかということです。出した処方薬に関して,処方薬の使い方はその方の主体性,責任性に任されます。乱用という行動パターンが出ている人には,説明したうえで出さないとかそういうこともしたりします。最初からルールで決めるのではなく何が治療になるかと決めていくことになります。

      Q 病院同士の横の連携はないのでしょうか。渡り歩く患者への連携は?

      A 連携はありません。精神科同士で補いあう機能というのは,そこに専門的な治療義務がよほどない限りありません。精神科でできない外科の治療などでは連携をとりますが,精神科同士の連携はないと思います。処方薬の出し方や管理の問題に関する連絡会もありません。依存症という病気に対する治療はまだ広がりはじめている最初の段階で,依存症の治療をやっている病院も数えるほどです。一方で精神科処方薬はあちこちの病院やクリニックから出ている状態で薬の扱い方で起こっている問題も多々あるが,医療全体がどうするかという問題にまでなっていません。光愛病院としては禁ずるという方向ではないと思います。あるものを見ないでおくことは依存症が起こったときの心理と似ています。周りの対応も実はそういう病気があるということを伏せてしまおうという力が働くことが多いのです。あるものはある。そうした点を考えたいと思います。

      Q 学会などで治療薬の使い方や処方の方法を考える必要があるのではないでしょうか。

      A そういう問題意識を持っている医師が少ないわけではありません。

      Q そういう場では声を大にして伝えて欲しいと思います。

      A そうですね。

      Q 最新の情報をありがとうございました。私は保護観察官をしています。薬物依存症は先生もおっしゃったように病気になったことで怒られる唯一の病気であり,そして司法のネットに落ちる人が圧倒的に多いのが現状です。病院に行くよりも刑務所や少年院で解毒される人が多いのです。司法関係領域との連携で先生が望まれること,司法に望むこと,連携をしていくうえでヒントになることがあればお聞かせ願いたいのです。

      A まずご家族の方も多くおられるようですね。依存症という病気と社会の関係について考えていかないといけません。医療で病気だから回復を目指すべきといいつつ,おそらく依存症で悩んでいる人の大半が司法関係でその状態がわかっている現状にあります。医療と司法と家族と社会の立場は微妙にずれているのです。そのずれを,どれが正しいかということは議論していく必要がありますが,まずはずれを極力埋めていく努力が必要です。司法と医療で最初にずれるのが,起こっている出来事の捉え方が,司法は人間がつくっている社会のきまりのわけですが,薬物を使うことを罪とするという法律をつくって広がりを抑える社会防衛の観点を持っています。医療は,有害・無害ということは関係なしに,使い始めて依存症に進行した場合,それを使い続けるということはむしろ生体反応として当然の結果であるとして,人間の身体におきる当然のできごと,すなわち病気としてとらえています。そのずれはスタート地点が違うということなので,埋めるというより,目指すものが一致していくことが重要なのではないかと思います。それぞれの成り立ちの違いを言いたてたり,司法に医療をせよというのは筋違いですし,医療に司法の役割を求めるのも筋違いです。病院はその方1人1人の健康をどう考えるかというところです。司法との連携で考えるのは,現在は大半の方が司法ルートでしか問題が掘り出されてこないし,自分自身向き合うきっかけがないということですが,きっかけは人それぞれであり,きっかけがあった後に正しく情報提供されるか,依存症という段階まで進行しているのか,ただ1回2回しているだけなのか診断という過程も通る必要があるのかとも思います。そういう本当にその人に起こっている事態に必要なものを提供することが大事かと思います。

      Q 学校のカウンセリングの仕事をしています。司法と医療の話です。生徒の保護者に薬物依存の問題がある場合どうやって対応すべきでしょうか。

      A 保護者が依存症ではないかということですね。保健所でこころの健康相談を週1回担当していますが,児童生徒の問題で,実は保護者が依存症という病気なのかもしれないということがあります。この時とても難しいのは,医療的な立場でいえば当事者主体でかかわるのが基本原則なので,母がアルコール依存症の場合は母のアルコール依存症をどうするかということを純粋に考えたいところですが,そもそもの相談の始まりが,影響を受けている子どものことなので,その子どものために母親をどうするかという話になってしまうのです。こういう入り方をすると,さきほども言いましたように,叱ったり叱られたり関係,周囲の世話焼き行動,母の治療が必要なんだけど問題がそこまで入り込んでいない,母の依存症やその治療をテーマとするには早すぎる問題発見といいますか,依存症という問題の診断がなりたったらすぐ治療を受けるべきだと実はなっていなくて,依存症という診断が成り立っていてもその人がどの段階で治療を受け回復がはじまるかということは周りが勝手に決められないのです。わかってはいるが何もできないというのが答えになってしまうのです。これも先ほどお答えしたように,必要な情報やチャンスやきっかけはどんどんつくるべきです。結果がでないからといって諦めるべきではありません。きっかけを本人の周りにおいていってあとはじっと待つしかないと思います。

      Q 家族からの質問です。息子は10日程度で退院してきます。あるいは脱走してきます。10日というのはいちばん渇望が酷いので家族では何ともできません。20代の子どもについていけないのです。先生はどれぐらいの期間は絶対退院させたくないと考えておられるのでしょうか。また,本人に自覚がでるのはどのぐらいなのでしょうか。目処がつくのはどの程度なのでしょうか。

      A 入院に必要なのは2,3か月です。何で決まっているかというと,御母さんのいう「状態」では決められません。本人が退院するという時期が,こちらの思っている時期と必ず一致するわけではありません。治療契約書にも書いてあるように,最初につめますが,本当は治療を受けきるには8週間が必要です。1週間に1度のプログラムは8回シリーズで全部受けるには8週間かかるのです。8週間のプログラムを受けきった状態で退院するのを満了退院と呼んでいますが,満了退院時の状態は千差万別です。後遺症が残っている人もいます。これは使用年数が比例することもあります。使用年数が短めで後遺症も残らず健康面が回復して退院する人もいます。健康を回復して退院した人がその後の経過で安定するかというとそうでもありません。退院に関しては先を見通してのものは考えにくいのです。一時はそうしたことを考えたこともあったが,今は時期で,必要なものは全部受けてもらったら,よほどの状態は別ですが,本人の意思を確認し,延長を希望される方で必要な場合は延長もしますが,もういいとなっている状況では止めません。途中退院でも同じです。どうしていいかわからない,何がしてやれるかといことですが,何かをしてやろうというのは逆効果になることが多いのです。やめさせるというこができるかということは,医師としても当事者の方と話し合いますが,その人の主体性です。だから退院するしないも,薬物を使う使わないも周りが決めることはできないし,周りが無理に決めようとする場合は裏目の結果がでてしまいます。自分で決めてもらい,後悔しないねということをつめるということをやっています。

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