薬物依存症回復支援 — 薬物依存症は回復できる病です

薬物の自己使用事犯に関する弁護論


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1 はじめに

覚せい剤など薬物の自己使用に関する刑事事件の場合、使用の事実に争いがなければ、被告人の同種前科も含む前科の有無、被告人の薬物使用回数、期間、1回あたりの使用量、幻覚等の有無などで量刑が決まってしまい、裁判が形式化・儀式化してしまう。弁護活動も被告人に反省を求め、家族がいれば監督を誓わせるだけの形式的なものに終わりがちである。
そこで、薬物の自己使用の場合、どうしたら弁護活動が活性化するのか、日頃考え実践してきたことを書き留め参考としたい。

2 多数回の薬物事犯受刑者

弁護人であるあなたの目の前にいる被告人は覚せい剤取締法違反(自己使用)で前科が5回、今回も出所後半年で再犯に及び覚せい剤の自己使用で起訴されている。この被告人には身寄りもない。被告人が、「出所後半年は覚せい剤を使わなかった。」「今回でもう絶対覚せい剤をやめる。」とあなたの前で何度も訴えたとしよう。あなたは弁護人としてどう感じるだろうか。法廷で「絶対止めます。」という被告人に対して「前回も同じことをいいましたね。」と皮肉を込めて尋問する検察官や裁判官の姿を思い浮かべて心が萎えたりしていないだろうか。あるいは、「こいつ嘘つきちゃうか。」と冷たく突き放すだろうか。

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    • 3 薬物依存について正しく認識してもらおう。

      薬物の自己使用で多数前科のある人は、薬物で多くのものを失っている。家族、友人、心身の健康、仕事、財産・・・。それにもかかわらず彼はなぜ薬物を何故止められないのか。それを説明するのが弁護人の仕事だ。覚せい剤等の依存性薬物は、その使用により脳内報酬系(快感をもたらす脳内の機構)に作用する。人は快感という報酬を求めて使用を繰り返す。その結果、①1回の使用量を増やさないと以前と同様の効果が得られなくなり(耐性の形成)、②薬理作用による快感が喪失すると倦怠疲労感、抑うつ状態などの離脱症状等が現れる。そして、③薬物を摂取したいという強い欲求か強迫感、④薬物の摂取行動の開始終結あるいは使用レベルを統制する能力の低下、⑤薬物使用に伴い、他の楽しみや興味関心の低下・喪失などが現れ、⑥有害な結果(仕事や家族の喪失、受刑など)の明白な証拠にもかかわらず、薬物使用が止められなくなる。これらの①~⑥はその人が薬物依存症か否かを判断する指標だ。
      また、ストレスは薬物依存を誘発させる。依存に陥ったのちもストレスによって薬物の摂取量が増えたりする。薬物の使用を止めた後であっても、ストレスがかかると薬物の探索活動が再燃することがある。あなたは、仕事で心身共に疲れたり、人間関係に行き詰まったときに、薬物使用の頻度が増えたり、使用が再開された経験を、多くの薬物事犯から聞いたことがあるはずだ。
      薬物依存は医学的な治療の対象となる、一種の病気であり、薬物依存か否かの診断基準も確立されている。だから、薬物依存に陥った人が再犯に陥るのは、その人が特別意思が弱かったり、遵法精神が欠けていたりするからではなく、依存症という症状の結果であることが多い。
      被告人の薬物使用歴、薬物を使用したときの精神的肉体的状態、使用時の仕事や家族関係などを質問してみると、上記①~⑥の指標に当てはまる事情が浮かび上がってくることが多い。

      4 「あなたは薬物依存者である。」という結論は押しつけない。

      但し、第三者から見て明らかに薬物依存者だと思われる人でも、本人はそれを認めない場合の方がむしろ多い。その場合、あなたは薬物依存症だという結論を本人に押しつけようとしても意味がない。精神病でも病識(自分は病気だという自覚)がなく、そのために治療者や周囲の人が苦労するケースが多く見られることを思い出して欲しい。

      5 薬物依存症によって蒙った苦しみに共感を示そう。

      多数回受刑者の場合、特に薬物使用によって失ったものの多さを実感しており、止めたいという気持ちが強い人も多いように見受けられる。それでも、薬物依存症のために薬物の使用を止めることができず、自尊心が傷つき、自信を喪失したり、止めたいという気持ちを周囲に理解してもらえなかったりして苦しんでいる。
      弁護人のあなたは、こうした被告人の苦悩を理解し、止めたいという気持ちを素直に受け止めて共感を示そう。止められない理由は、意思の弱さや遵法精神の欠如ではなく、薬物依存症のためであることを説明しよう。例えば、薬物依存者が、出所後、半年で再犯に陥ったというならそれは上出来だ。半年も薬物摂取の強迫的欲求に耐えたのだから。「賞賛に値する。」と伝えよう。
      あなたの共感的態度に対し、被告人もあなたの話しに次第に引き込まれていくだろう。そこで、次にあなたは薬物依存をどうやって克服するかについて話しをする。薬物依存の治療には各種の薬物療法や精神療法がある。これらの治療法については専門の病院が適切に教示選択してくれる。

      6 回復への手がかりー自助グループを紹介しよう。

      しかし、被告人が病院での治療を終えあるいは病院を経ずに社会に出たときどうすればよいのか。薬物依存になると、のちに薬物の使用を止めても、薬物依存の問題は必ずついて回る。一旦薬物依存になるとストレス等をきっかけに薬物を使用したい強い欲求が依存症の症状として発現することがあるからである(上記③の指標。)。
      それにはダルクなどの自助グループが有効だ。自助グループは、薬物摂取を止めようと思っても止めることができずに苦しんだ過去をもつ人たちだけの集まりだ。そこでは、薬物依存者にしか解らない孤立感、苦悩の体験を共有し、薬物の使用を止めてクリーンに生きたいという気持ちを持ち合うことで連帯感をもつことのできる。自助グループのミーティングでは、提示されたテーマに従って、参加者が自らの体験や思うところを話していく。他の参加者は話を聞くだけで、発言者に意見を言ったり批判をしたりすることはない。聞き手の受容的で開かれた態度により、発言者は比較的抵抗感が少ない状態で自分の問題を話すことができる。その結果、発言者は自分の問題を客観的に見る姿勢を徐々に身に付けることができるようになる。また、他の参加者の発言を聞いて相互に学び合うことができ、そこから連帯感が生まれ強まる。
      自助グループに繋がり、継続的にミーティングに参加することで薬物を使用せずに生活できるようになった人は多い。
      自助グループが作成したパンフレットなどを取り寄せて、被告人に差し入れると被告人は自助グループへの理解を深めてくれるはずだ。

      7 回復者のメッセージを届けよう。

      ここまで話して被告人が自助グループに関心を示したら、実際にダルクの人に面会にしてもらい、メッセージを伝えてもらおう。ダルクのメンバーの中には複数回の受刑経験や精神病院への入院経験をもつ人もいる。しかも、彼らは、薬物依存の状態から回復して相当期間クリーンな状態(薬物を使わない状態)を続けている回復者たちだ。ダルクでのリーダー的役割を果たすのはこのような回復者たちであり、彼らは、これから回復しようという薬物依存者にとって、回復に関する自分の将来像について具体的なイメージを提示してくれる。したがって、弁護士の話よりも回復者の話の方が、薬物依存者にとって励みや希望となる場合も多い。

      8 家族へのケア

      被告人に同居の家族がおり、被告人の薬物濫用を心配し、止めさせたいと思っている場合、家族へのケアも重要だ。家族は、自分の身近な人の薬物濫用を止めさせようと必死に行動し疲れ果てていることも多い。
      家族が、必死になって面倒を見ようとすればするほど、本人は家族に依存して子供のように我が儘になり、自分の責任を果たさなくなる。家族はさらに本人の面倒を見ようとして最後には疲れ果てる。家族の中には、薬物を濫用する人のために自分を犠牲にして奔走することに、無意識的にしろ自己の存在意義を見出しているという人もある。この場合、薬物依存者と家族は相互に精神的依存の関係にある(共依存)。
      薬物依存者が回復するきっかけは、「自分はいま薬物の濫用によってすべてを失いどん底の状態にいる。」という「底つき感」だと言われる。もう自分ではどうしようもないと思ったとき、薬物依存者は、自ら医療機関や自助グループに助けを求め、回復への途を歩み始める。
      ところが、薬物依存者の周囲にあれこれ世話を焼いてくれる家族がいると、薬物依存者の側も薬物濫用を続けても「何とかなる」「何とかしてくれる」という感覚をもつため、「底つき感」を持ちにくい。したがって、家族のためだけではなく、薬物依存者の回復のためにも、家族が自らの人生を大切にし、自分のやりたいことを優先して精神を健全に保ち、薬物依存者を見守る姿勢を保持してもらうことが大切になる。
      薬物依存者の家族のケアは、家族の会などがサポートしてくれる。

      9 同じ被告人についての2度目以降の弁護について

      以前あなたが弁護人についたことのある人が、再犯に陥り、あなたに再び依頼してきたら積極的に受任すべきだ。2度目は嫌という人も案外いる。一度自分の前で「もうしない。」と誓っていたにもかかわらず裏切られたので信頼できない、あるいは、自分が弁護人として行った弁護活動が非力で当該被告人を更生させることができなかったから2度目はできない等の理由が考えられる。しかし、彼が薬物依存症だったとしたら再犯は十分ありうることだ。薬物依存者が短期間でスムースに回復できるということはむしろまれで、何度も失敗を繰り返すのがむしろ普通だ。決して再犯に陥ったことを非難すべきでない。弁護士が上手に説諭すれば薬物は止められると考えているとすれば、薬物依存を正しく理解していないといわざるを得ない。
      2度目の弁護なら、被告人のことはもうある程度解っているのだから、スムースに打ち合わせに入っていける。信頼関係も以前より高まるので、被告人からは、1度目では聞けなかった、本人の人格形成にかかわる事情が新たに聞けることもある。例えば、父親が厳格で子供の頃は暴力を振るわれ厳しくしつけられたとか、学校ではいじめられていた等、青年期以降の薬物濫用に繋がる事情である。
      そうした事情を話してもらうことで、弁護人は被告人をより深く理解でき有効な情状弁護に繋げることができるし、被告人は話すことで自分来し方を客観的に振り返るきっかけになる。

      10 法廷でー医療モデルと司法モデル

      薬物依存者が、法廷で自らを薬物依存者であると認めることはどのような意味があるのだろうか。
      薬物依存の治療、薬物依存者の回復という医療的な観点から見れば、薬物依存者であると認めることは、病識があるということであり、自ら治療リハビリの必要性を認めることに直結する。したがって、医療モデルでは、薬物依存者であるという自認は積極的に評価される。
      他方、刑罰は法の要求に従うことができたのに従わなかったという責任非難と捉える司法モデルでは、自ら薬物依存者であることを告白することは、薬物との高度の親和性、再犯可能性を自認することになるので、否定的評価に繋がる。したがって、被告人の内心がどうあれ、法廷では自らを薬物依存者であると供述させることについては慎重である必要があるかもしれない。すくなくとも、薬物依存症が治療の対象となること、治療の端緒として薬物依存者本人が、自らを薬物依存者であると認めることすなわち病識を持つことが大切であること、被告人も自ら医療機関、あるいはダルク等の自助グループに参加する意思があることを説明し、裁判所から理解を得る必要がある。
      被告人が、逮捕されるまでにあるいは保釈後に、ダルク等の自助グループに積極的に参加していれば、その辺の説明は比較的容易だ。ダルクの責任者に情状証人として出廷してもらい、被告人のダルクでの活動を具体的に証言してもらおう。
      執行猶予中の再犯の事件で、被告人が法廷で「自分はシャブ中です」と認めた事件の判決を紹介しよう。この判決は、「しかしながら、被告人が罪を認め、前記執行猶予後の使用回数(100回以上ー筆者註)についても正直に供述するなど、反省の情が顕著に認められること、本件の2か月後の同年6月に、母親や保護司の勧めがあったとはいえ、薬物依存症者の治療施設である○○ダルクに入所し、逮捕される同年9月17日までの間、同施設のプログラムに従い、薬物依存症者同士のミーティングや建物修復の作業等に従事したり、学校に行って薬物の怖さを話すなどの講演活動もしていたのであって、覚せい剤を断ち切ろうと努力していたこと、・・・など、被告人に酌むべき事情を考慮すると・・・」と被告人を評価してくれ、求刑2年のところ懲役1年(未決勾留日数30日を刑に算入)を言い渡した。

      11 刑の終了後

      懲役刑の終了後あるいは仮釈放後に、担当した元被告人から連絡を受けることもある。そのときは、できるだけ本人と会って自助グループに参加できるよう、連絡調整に協力しよう。仮釈放の場合、親元など帰住地が指定されるが、帰住地に薬物の使用仲間が沢山おり、帰住地として相応しくなく、本人も帰住地外の自助グループへの参加を希望しているような場合、保護観察所との調整も必要になる。

      12 どれか一つことでもよい、プラスアルファを。

      このように書いてくると、薬物の自己使用事件の弁護活動は、薬物や薬物依存症、薬物依存者の心理等についての知識、自助グループや家族の会、医療機関とのネットワークの活用と地味で骨の折れる活動が必要であることを改めて感じる。以上記載したことを全部十分にやっていたら、とても持たないと感じた人も多いと思う。私も、その通りだと思う。そこで、以上読んで頂いた上で、いままで自分がやってこなかったことを何か一つでも取り入れていただいて、薬物の自己使用事件の弁護活動に臨んでいただければそれで十分だと思う。
      例えば、薬物依存症に対する知識が十分でなかった人は薬物依存についての本を1冊読んで弁護活動を行うだけでもよい。それをすることで、従来より、被告人に薬物依存症のことを正確に説明できるようになれば大きな前進だ。
      一人一人がこうした努力を積み重ねることで、全体的な弁護活動のレベルは確実にあがっていく。

      13 うまく行かないことの方がはるかに多い。

      被告人に接見して話してみると、「法廷では反省してますと言うけど、本当は自分は覚せい剤が好きだから止める気はないです。」と正直に言う人もいる。私は、10年ほど前にこの言葉を最初に聞いたとき大きな戸惑いを感じた。
      ダルクのメンバーにきいてみると、その人が正直なだけで本当はみんな多かれ少なかれそうした気持ちを抱くものだと言われた。薬物依存者は、「底つき感」を抱いて止めようと決意するまでは、「未だ使いたい。」とか「止めようと思えばいつでも止められる。」などと思っていることも多く、こうした場合、薬物依存症や自助グループについて話しをしても「自分には関係ない。」「自分は薬物依存症でない。」という反応を示されて、法廷でもありきたりの「反省弁護」で終わってしまうこともある。こういう場合は事件が終わった後、徒労感が残ることも否定できない。
      しかし、こうした人でも、「底つき感」を抱くときが来る。そのとき彼がどうしたらよいのか判らないのは悲劇だ。もし、かつて弁護人からきいた薬物依存症のこと、自助グループのことを少しでも思いだし、自助グループへの参加を求めてくれたら、かつての弁護人の弁護活動は成功だったと評価できるのではないか。もっとも、当該弁護人は、自分の弁護活動の成功を確認できない場合が圧倒的に多いことも確かだろう。

      14 薬物依存者は必ず回復できる。

      どんなひどい薬物依存者でも回復のチャンスある。弁護活動に臨む弁護士にこの確信がなければ弁護活動に迫力がでない。この確信を掴むためには、弁護士もダルクなど自助グループの人々との交流が必要だ。彼らの薬物依存症がどのようなものだったのか、どのようにして回復したのか、聞いてみるとかつて彼らの中には、どうしようもない薬物乱用者だった人がいることが判る。その人が、今では自助分ループの活動の中心として活躍している姿を見ることで、われわれ弁護士も自助グループのメンバー同様、回復への確信の持つことができる。弁護活動の中でときに抱く徒労感も克服できる。
      その意味で自助グループはわれわれの弁護活動の力の元ともいえる。こうした自助グループが継続的で有効な活動ができるよう、随時寄附を行うことも我々に課せられた役割である。

      以上、思いつくままに書いてみたので、ややまとまりに欠ける内容になったかもしれない。ご意見やご批判を頂ければ幸いである。

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